「ゼロ地点に戻す」
text:Emiko Cohen photo:GORDINHO
とかくこの世の中、概念や信念にしばれ、伸ばせるはずのものが伸びない世の中。とくにサーフィンの世界。古い話になるが、デーン・ケアロハやガーラック、ボビー・マルチネスなどの様に、世界のトップに君臨できる力は十分あったのに、組織が作り上げた概念や信念に合わせられず、消えていった。
有名でないサーファーも入れたら、今までに多くの選手達が潰され、消えていった。きっとその中にケリーを超える可能性を持つ子供たちもいたはずだ。しかし、これはサーフィンの世界だけではない。どの世界にも共通する「もどかしい」事実だ。
逆に言えば、それぞれの世界のカレントに合わせられるものが生き残る。合わせられないと感じていても合わせる様に自己を削って生き残る。ここで疑問に思うのは、もし、向上を目指すのなら、今までの人が作りあげたものを超えることを願うなら、枠の中に収まらない力を大事にしなければいけないのではないかと。
ロングボードの世界を覗いてみる。
ショートに引けを取らないばかりか、ロング人口の方が多いのではないかと思えるほど、あちこちのビーチで、多くの人に楽しまれているロングボード。だが、いざ世界最高峰のコンペの世界はというと、狭き門。私が住んでいるハワイを見てもそうだが、地元の大会で総なめしていた様なキッズも、キッズの大会に出れない13歳になったと同時に、コンペの世界から消えてゆく。その先がないのも同然だったからだ。
WSLは、それぞれの地域で行われた予選大会でトップに入らないと(ショートの世界で言う)WCTに当たる大会に出れない。では、予選大会が行われていない国の人はどうなるのか?世界最高峰のその大会に出れないと言う状況「だった」。去年まで。
今年度からWSLはロングボードツアーの規定を変更し、誰でもどこの国の大会にも出れることになった。それがポイントとなる。3戦ある予選大会(ショートの世界で言うQS)のベスト2の合計ポイントで、世界チャンピオンを決めるWCTに当たる台湾での大会に出れる。嬉しい改革だ。
だが、海外のその予選会に出に行くと言う行為を叶えられる人が、どれだけいるのだろう? ここで、また選手たちは振るいにかけられる。経済的にマネージ出来るか出来なかということ。
「新しく公平な大会」を作りたいと3年前から始まった「Relik 」
WSLとは離れたところで「新しく公平な大会」を作りたい。概念や信念を離れた、そんな「理念」を元に3年前から始まったのがこの大会「Relik 」だ。
出場者は、すでにLT(WSL)で活躍している選手のインビテーショナルを揃えているが、十分一般から出てこれる枠を残した。男女それぞれ8人が一般公募から出場できるのだ。その8人を決めるのはビデオ予選。それぞれの出場希望者が、ライディングが映るビデオを本部にサブミット。それを本部の人が綿密に審査する。審査を行うのは、ナット・ヤングなどのロングボードを熟知している人たち。
ジャッジの軸は「3T」(タイミング、テンポ、トリミンング)。
ジャッジの話が出てきたので、このままこの大会で適用された、特有のジャッジングを説明しよう。軸になるのはとてもシンプル「3T」Timing, Tempo, Trim (タイミング、テンポ、トリミンング)。
ありがちなジャッジ方法、ノーズライドをいかに派手に長くしたのか、ではなく「波に乗るの技術」をフルに持っているかと言うところを試す。
波の選択(サイズ)、スピード性、スムース度、レールワークはどうか。それを抑えた上でノーズライディングを入れられるのか。そこが基本になり、続く以下の項目が得点加算の指標となる。
例えば、ノーズライド、ドタバタでノーズに歩くのではなくクロスステップは使われているのか。手の位置はどこにあるのか。波のどの場所で行っているのか。クラシックではいかにそれらを簡単に見せられるかもポイント加算の鍵になる。
名の知れぬ大会に多くのロングボーダーが出場した理由。
話をビデオ予選に戻そう。大会本部の情報によると世界17カ国から200本以上ものビデオ応募があり、その中から16人をジャッジが選び、インターネットサイトにビデオが掲載される。そして、その中の8名が、一般投票で選ばれ、本戦に出場出来ると言う仕組み。
しかし、なぜWCTとはリンクのない名の知れぬこの大会なのに、多くのロングボーダーが出場を目指したのか。
理由その1:高額な賞金。マリブの合計賞金が100.000で、トラッスルが$101.400. トラッスルは出場しただけで(一回戦で負けても)750ドル貰える。
理由その2:招待選手が世界を制覇した人ばかり。一般公募者には夢の様な戦い。メジャーなロングの世界大会にはISAやLT(WSL)でチャンピオンになった人たちと戦える。観れる。交わることが出来る。
理由その3:最高の波が立つことで有名なサーフポイント(マリブ、ローワートラッスル)が貸切で波乗りが出来る!!!
理由その4:ジャッジのクオリティーが良い。ビデオレビューをしっかり観ながら、ときには時間をかけながら採点する。(過去2年の大会をみると、名声には振り回されずに公平に採点されていることがわかる)
理由その5:関係者(選手)に用意された食事がゴージャス(マリブでは寿司ブースもあった)。
理由その6:男性と女性の差別が何一つない。賞金金額はもちろん男女の差別はなく、ありがちな波の良いときにメンズ、悪いときにウイメンではなく、公平に舞台をシェアする。
理由その7:(メンズクラスは)クラシック・スタイルとモダン・スタイルに分けられる。クラシックとは1960年代を意識し、重たい大きい丸目の板にシングルフィン。リーシュをつけずにゆったりした動きの中にノーズライドやドロップニーターンを決めて行くと言うカルチャー的なロングボードライティング。一方、モダンの方は、ショートボードに近いアグレッシブにリップを狙いつつもノーズでのパフォーマンスも入れると言う新しい形。比べ難いこの二つに区切りをつけた。
(誰がこんな夢のような大会を現実したのだろうか。実は、ロングボーダーの娘を持つ(マンハッタンの一角を保持するほどの)資本家。サーフィン業界のしがらみに縛られることなく、堂々と新しいことを試すことが出来るのである。世の中を理解している成功したビジネスマンからの角度も加わったため、新しい感があるのだ。)
「決戦は金曜日」
長いイントロで無名で偉大なこの大会の意図を理解していただけたと思う。実際の決戦の模様をお伝えしよう。
10月1日から10日までを予定期間にしていたこの大会。始まる前の波情報で、初日からエクセレントな波になるという予想が出ていた。ローワートラッスルの頭波。ロングボーダーだけでなくショートボーダーもボディーボーダーも、誰もが聞くだけでウズウズしてくる条件。当然、選手だけでなく大会ファンも、試合前からエキサイト。
予定通りうねりが届いたものの、まとまりのない。波が落ち着くのを待って、スタートを切った日のが10月3日。消えてゆくウネリを逃さぬようにと、無駄なく2ヒート同時進行で行われ、10月4日金曜日、最後までオーバーヘッドの波がローリングしている中、無事終了した。
日本から井上鷹、田岡なつみ、吉川広夏がインビテーション。
まずは、ロイヤリティーの高いこの大会に出場を果たした日本人選手の活躍ぶり。ロングでエアーを決める男として、LT(WSL)の世界戦でも頭角を現している若手、井上鷹はモダンスタイルに出場。大舞台だと言うのに全く物怖じせず、コンスタントなライディングで5点台をパンピング。しかしマンオンマン。6点台を2本まとめたディフェンディング・チャンピオンのトニー・シルバニが相手だっただけに勝ち残るのは難しく、残念ながら敗退。
他、日本人の出場は2人。両者ともウイメンズ。現日本のチャンピオンの田岡なつみと過去3年連続日本のチャンピオンに輝いた吉川広夏。田岡は、初日のラウンドで最高得点をマーク。ラウンド2、クオーター、で固定化された様な田岡フォーマットを波にぶつけ、見事、決勝に進出。田岡とは、違うルートからトップを目指した吉川は、スムースかつクリティカルなノーズライディングで会場の人たちを魅了する場面を繰り広げていたものの、ラウンド2で敗退。
失敗が許せないマンオンマンのフォーマット。だがやはり強いものは強い。その一人が、現LT(WSL)世界チャンピオンでマリブの一戦目で優勝をした地元カリフォルニアのソレイ・エリコ。例のテイラー・ジェンセン譲りのカットバックで高得点を叩き出し、準決勝に進出。準決では波の選択が今一つで3位タイに留まった。
テイラー・ジェンセンとフランスのエドアード・デルペロの対決。
そして過去3度ワールドチャンピオンに輝いたカリフォルニアのテイラー・ジェンセンと、今年すでにLT(WSL)戦の2戦で優勝しているフランスのエドアード・デルペロも強者の代表。その二人が対決したメンズ・モダンクラスの準決勝。決勝ヒートではないものの、ドラマチックなこのヒートをシェアしないわけにいかない。この二人、マリブの大会では決勝で戦い、テイラーが勝っている。実は、こんな裏話が隠れている。
~6月に行われたRelik 第一戦目、マリブの大会に巻き戻し~
決勝が始まって10分ほど経った時点では、大幅にデルペロがテイラーを抑え、リード。が、突然、オフィシャルアナウスが。。。「コンピューターが動かないので決勝をリセットします」と。リセットした後はテイラー自身もリセット。スルスル良いライディングを醸し出し、そのまま優勝。当然、多くの人が本部に向かいブーイング。デルぺロも悔しさに涙を流す。すぐに行われた表彰式でテイラーが$15.000のチェックを受け取る。テイラーがマイクを受け取ると「活躍したエドアードに賞金の半分を分けます!」。大きな拍手が湧き上がった。
~ローワートラッスルの大会へ早送り~
そんな事情を抱えてるだけ、誰がここで勝ち上がるのか。浜にいた皆が息を飲んで見守った。このヒートは特に動画をそのまま観てもらいたいのだが、言葉で説明するなら、両者ともエクセレント。波に恵まれないヒートもある中、この二人のこのヒートには、次から次への波が入った。二人のパフォーマンス、高得点を取るメソットが全く違っていた。デルペロはテイクオフからすぐに波のトップでノーズライドをたっぷり見せつけ、その後、レイルコントロールの「うまみ」を見せる。2本連続で、8点代を叩き出す。「あの時のように」デルペロがリード。
が、セットの波をつかんだテイラー。まるで「俺のやり方を見ろ!」とでも言うよう。テイクオフ直後ボトムに降り、えぐるようなボトムターンでストレートアップ。プロのショートボードなら当たり前のマニューバーだが、9フィートを超えるロング。大迫力。リップやカットバックなどのレイルワークを存分に見せたノーズ技。デルペロと全く逆な技の組み合わせにどうジャッジが反応するのか皆が息を飲んで待つ。その一本に9.10が付けられた。「うぉ~」と唸るような歓声。しかし2本目がなかったテイラー。8点代を4本決めたデルペロが上回り決勝へ。デルペロの力がテイラーをうわまったということをアピールする機会になった。
さて、決勝。
ウイメンの決勝に残ったのはマリブの大会で3位になったハワイノースショアのサリー・コーヘン。そして田岡なつみ。小刻みに技をしっかりと決め、最後までしっかり当て込むスタイルで、前傾姿勢な田岡。それに対し、コーヘンは、スロー。計算されたような波の上部でのノーズライドと丁寧なレイルワーク。
普段ノースの大波に慣れているコーヘンだからか「余裕」を感じる一方、田岡、小波を何本も抑えた後、ようやく掴んだセットでゴーフォーイットで訴える。ジャッジ任せの結果はヒート終了後まで伸ばされ、結果、その差は1点にも満たぬ0.27。サリー・コーヘンが優勝した。
クラシックの決勝は、カリフォルニアのタイラー・ウォーレンとサウスアフリカのスティーブン・ソイヤー。アーティストでもありシェイパーでもあるウォーレンは波とハーモニーを奏でる天才。出場選手全員と比較しても最もナチュラルな乗り方だ。自分の削ったワイドノーズの9.9で悠長なライドを繰り広げる。
一方、現LT(WSL)チャンピオンのソイヤーは、(名前で想像できるように)冒険好きを描いた様。わざと伸ばしてドロップニーでカットバックに高得点がどんどん付く。甲乙つけがたいパフォーマンスだったが、見せつけてる感が強いソイヤーに点がより盛られ優勝。
モダンのメンズは、オージーのハーレー・イングルビーと例の大戦を終えたばかりのデルペロ。イングルビーがショートボード調のマッチョなマニューバーをするのに対し、華やかなノーズライドが売りのデルペロ。長くなったセット間隔にも焦りを見せずにそれぞれの良さを発揮。こちらも甲乙つけがたいパフォーマンス。0.87の差でデルペロが優勝した。
「シンデレラストーリー」
この投稿をInstagramで見る
「TRESTLESで行われたRELIK WORLD LONGBOARDコンテストで優勝しました! めちゃくちゃ最高でした!! 夢だった大会に参加できただけでなく優勝。そしてツアーチャンピオン争いでも同点になりました! (ソレイとのサーフオフもとても楽しかったです!勝利した彼女の仕事は素晴らしかった!)この上なく最高な1日でした!
世界中のすべてのサポートに感謝します。 そして、私と一緒にツアーを回ってくれた父、コーチをしてくれた@philrajzman、そしてスポンサーに感謝したい。彼らのサポートは私の人生にとって重要な意味を持つことでした。
そして、なによりも、この日をさらに特別なものにするために、私のラッキーチャームであり、 そして、優勝できたプロ大会で私を支えてくれた姉のティナに感謝したいと思います! 来年が本当に楽しみです!! 写真:@seoudmusic」
サリー・コーヘン
さて、最後に。まさに大会の窓口を広げたがために、今年のRelikの2戦の合わせて$12.000と世界への可能性を手にした19歳のサリー・コーヘン。昨年は一般公募のビデオ第一次予選で落とされ、今年はようやくビデオ予選を勝ち抜き出場できた選手だ。シードなしの世界レベルでは未だ無名な選手。まさにシンデレラストーリーを実現。(きっと多くの若手に刺激となったことに違いない)
刺激といえば、最後の最後にもう一つ。準々決勝で負けたがコーヘンをコーチングし勝利に導いた2Xワールドチャンピオンのフィルの言葉をシェアしよう。
「負けは俺の生活の大部分だ。実際、選手でいるということは、勝つ数よりも負ける数の方が圧倒的に多い。誰しも負けるのを好むものはいない。けれど、大事なのは、負けた時。『負けた時に上を向くこと。決してうつ向かないこと。』今回は選手としては負けたがコーチとしては勝つことができたことに満足している。」
(娘が優勝したという思いの枠からあえて外して)、Relikは理想に近い大会だったと思う。「有名、無名関係なく」さらに「勝ち負けに関係なく」大会中続いたオーバーヘッドのサイズでたっぷりそれぞれの味を披露出来。欠場の選手を埋めたテイラー・ジェンセンの奥さん、点数出なくても楽しそうに乗っていたところ。バターの様にスムースな吉川広夏のノーズライド、田岡なつみのエンドセクションの処理、ソレイ・エリコのカットバック、サリー・コーヘンの粘り、ハーレー・イングルビーのショートボーダー的マニューバー。負けた後のフィルの姿勢。
これから予測がつかないロングの行方の中だからこそ、それに心を振り回されずに自信持って好きな形を磨く姿勢は心に響く。狭いサーフィンの世界のドアをこじ開けてくれた(最後まで表に出てこなかった)資本家に、この場を借りて感謝を伝えたいと思う。
マハロ