酒井厚志NSA理事長インタビュー  今後の日本サーフィンはどう変わっていくのか。〜新しい時代の幕開け

 

今夏、東京オリンピック2020大会という大舞台で2人の若者が偉業を成し遂げてから早3ヶ月。五十嵐カノアと都筑有夢路によるメダル獲得は日本サーフィン史に偉業として刻まれ、また日本社会におけるサーフィンのプレゼンスを大いに高めた。だから、思う。2人の偉業を起点に、今後の日本サーフィンはどう変わっていくのか? 日本でのサーフィン振興を担う組織、NSA(日本サーフィン連盟)の酒井厚志理事長に、これからの日本サーフィンについて話を聞いた。

 

取材・文:小山内 隆

撮影:佐原健司

 

 

「ジュニア世代の強化支援を急ぎたい」

 

 

──東京2020オリンピック競技大会で初めてサーフィンの競技が行われましたが、サーフィンのオリンピック種目化をNSA(日本サーフィン連盟)ではどう捉えていましたか?

 

NSAではサーフィンをスポーツとして認知してもらう動きを、飯尾進さんが理事長を務められていた30年ほど前から、岡理事長、山口理事長と引き継ぎ行ってきました。法人化を目指す時代から始まり、体育協会加盟、公益社団法人化、オリンピック種目化を目標に掲げてきて、オリンピック種目化に関しては東京2020大会で実現できました。

 

 

2015年9月、サーフィンがIOCに提案される5競技の中に入った

 

 

──飯尾さんの思いは酒井さんも受け継がれた?

 

 

同じような思いを抱いてきましたが、より強い思いになったのは6年ほど前に新競技種目の候補に残った頃からです。ISA(国際サーフィン連盟)の方から、正式に選ばれるよう開催国である日本でも力を尽くしてくれと連絡があったとき、長年抱いてきた夢を正夢にしなければと、そう強く思いました。

 

 

そして2016年8月、東京オリンピックの追加種目に「サーフィン」が決定!

 

 

──JOCに加盟すること、オリンピック競技になることは日本のスポーツにとってどのような意味があるのでしょうか?

 

 

まずは強化費が捻出されること。これは大きいですね。私たちも4年ほど前から強化費が出るようになりました。その多くは海外へ遠征に行く選手の支援に使っています。たとえばNSAの強化指定選手がオーストラリアでの試合に参加する際、コーチが先に現地入りをして滞在拠点を確保し、選手の渡航費は強化費から捻出するということを行ってきました。これまでサーフィンの世界では、個々の選手がスポンサーを付けて遠征費を捻出していたのですが、そこをサポートできるようになったんです。

 

 

──経費面のサポートは選手にしてみれば大きいですね。

 

 

特に若い世代の選手は自身で遠征費を賄いづらいこともあるので、支援を手厚くしていきたいと考えています。長く日本のジュニアの選手は海外の選手と互角以上の戦いをしてきましたし、逸材は多く輩出してきたものの、育成年代から次のステージに進んだときに伸び悩んでしまう。

 

世界と引き離されがちな傾向を変えるためにも、選手が継続して経験を踏めるようなサポートをしていきたいと思います。

 

USオープンに出場した村上舜

 

この夏にカリフォルニアでのUSオープンを訪れた際にも、海外選手のレベルが上がっている印象を持ちました。日本も東京2020大会の出場選手や、最後まで出場枠を競った村上舜らは世界を相手に十分に戦えるものの、勝ちきれないところがある。

 

これから先、次々に登場する世界の強者と戦い結果を残すために必要なのは、若い頃、特に10代での経験に尽きるのだろうなと改めて感じました。

 

 

NSAの強化部でジュニア育成プログラム。

 

 

──カリフォルニアで生まれ育った五十嵐カノア選手のような、世界で結果を出させる選手を日本のビーチから輩出することは可能でしょうか?

 

 

育成年代の強化次第なのだと思っています。高校を卒業した20歳前後で世界を回ろうといっても、それは遅い。とはいえ学校に通わず世界を転戦させようとすると数千万円レベルの資金が必要になる。それを個人で賄うのは、なかなか難しいですよね。やはりサポートが必要なんです。

 

今、NSAの強化部ではジュニア育成プログラムを作ろうとしています。想定では夏のカリフォルニアや冬のハワイなどで年間数回の合宿を行うなど、海外の波、サーファー、食事や言葉など異文化に触れられる機会の創出を軸にしています。やはり海外の環境に慣れることは大切で、日本のホームにいるのと同じ心境で挑めることが勝利には必須でしょう。

 

 

そうして中学生、高校生くらいのうちに経験積み、世界ジュニアのような国際大会である程度の結果が出せるようになって、スポンサーを付けられるようになる。18歳を過ぎた頃から世界を転戦する。そのような筋書きが良いと思っていますし、そこまで育成のサポートをするのが連盟の仕事なのかなと思っています。

 

 

実際、ジュニアの16歳以下のカテゴリーでは日本の選手が世界イチと言えるほどの存在です。しかし18歳以下のカテゴリーとなったとき、オーストラリアなど海外選手にパワー負けしてしまうことがある。その壁を突破するための育成プログラムにしたいですね。

 

 

「国内での国際大会開催も検討しています」

 

 

河原子で行われたジュニアオープンの会場にも酒井理事長の姿があった。

 

 

──東京2020大会に日本代表スタッフで参加した大野修聖プロも、ジュニア時代は世界の精鋭と互角に戦いながらCT入りをはたせていません。一方、カノア選手はジュニアから先のステージに入っても伸びた。この差はなんでしょうか?

 

 

経験と自分の足りない部分を補う努力だと思います。そしてその不足部分を、世界レベルに当てはめて認識できるかどうか。やはり世界と継続して触れられる環境が大切ですし、ただサーフィンしているだけでは追いつけないのだと思います。

 

 

──今、NSAはISAの加盟組織としてIOC(国際オリンピック委員会)の下部組織です。ほかサーフィンの組織にはJPSA(日本プロサーフィン連盟)、WSL(ワールドサーフリーグ)があります。各組織の国内での役割は変化しそうでしょうか?

 

 

NSAではISAの主催する大会の代表を決めていますが、アマチュアやプロという属性は関係なく、各クラスで最もレベルの高い日本国籍を有する選手を代表として選出しています。

 

そして、その代表選手を決める場がNSAの強化指定選手が出られる「ジャパンオープン」。これは国内のプロサーフィン組織であるJPSAさんとの共催です。いくつも組織があり複雑に見えるのかもしれませんが、実は意外とシンプルなんです。

 

 

──そうすると強化費を使った選手強化は、NSAの強化指定を受けた選手が対象になるのでしょうか?

 

 

そうですね。現在ランクがA、B、C、ジュニアとあり、ランクごとに支援可能な体制は変わります。このことはJOCに加盟している他のスポーツ団体も同様に行っていると思います。

 

 

「ジャパンオープン」をWSLの試合として開催する

 

 

──強化という意味から、WSG(ワールドサーフィンゲームス)のような世界トップの選手が出場する大会の創出はありそうでしょうか?

 

 

それも少し考えていますね。まだ未定ですが、JPSAさんと協力している「ジャパンオープン」をWSLの試合として開催したらどうか、という話しはあります。現状の「ジャパンオープン」は年間1戦だけれど複数戦にして、最終戦だけは日本選手だけで争い、残りの2戦はQSにするとか。

 

国内でQSが増えれば日本の選手がポイントを獲得できやすくなり、ひいては海外のビッググレードの大会であるCSにも出場しやすくなると思うんです。

 

今回、USオープンで日本の選手と話したのですが、日本のコロナ規制が厳しいこともあり、帰国せずにハンティントンの次はポルトガルへ行き、そのままハワイへ行くという選手もいました。

 

すごく大変そうで、お金はかかるし、メンタルが強くなければやっていけない。本当に頭が下がる思いでした。彼らの頑張りをサポートする意味でも、国内でグレードの高いQSを行うことには大きな意義があると思います。

 

 

「パリ大会は選考方法を変える必要がある」

 

 

 

 

──その国内では東京2020大会での選手の活躍もありサーフィンがかなり認知されたように思います。より社会的なスポーツ化を目指すためのビジョンはありますか?

 

まず、日本スポーツ協会、各地の体育協会への加盟を進めていて、今のところ神奈川、和歌山、徳島、宮崎で県の体育協会に加盟しています。体育協会に加盟できると中体連(日本中学校体育連盟)や高体連(日本高校体育連盟)に加盟でき、高校総体、国体といったスポーツの祭典で種目化されるんです。そうなれば日本の社会においてスポーツとしての価値が上がる。そう思っています。

 

実は来年から静岡県・下田の中学校にサーフィン部ができます。すでに宮崎では青島中学にサーフィン部があり、静岡の牧之原市では県立高校に来年からサーフィン部ができると聞きました。

 

そのような流れが加速してサーフィン部を持つ学校が全国で増えていけば、サッカーやラグビーのように学校単位での全国大会を行えるようになる。サーフィンを広め根付かせるという意味では、裾野を広げる活動は大切だと考えています。

 

 

──一般の人に対する普及活動はどうでしょうか?

 

 

以前からサーフィン体験会を企画して行ってきました。競技化が決まってからは、東京であれば世田谷区や文京区、江戸川区、墨田区で小学校などのプールを使用した体験会を多く行いました。オリンピックスポーツを体験してみようという体裁ですね。

 

生涯スポーツとしての普及活動もしていて、大人向けのサーフィンスクールなども開いています。かつてサーフボードはショートボードしかなかったイメージですけれども、今は多様性がありますし、ソフトボードや柔らかいフィンという素材面でもエントリー層にフィットする選択肢があります。たとえ波が小さくても大きなサーフボードでテイクオフするだけで気持ち良いですから。

 

 

──サーフィン体験をかなえる場所がサーフショップだという時代が長くありました。今後はそこに部活動やNSAによるスクールが入ってくるというお話しですが、その他に期待している間口はありますか?

 

 

静波の「サーフスタジアム」のようなサーフィン用プールは今後も年に1つくらいのスピードで整備されていく話しを聞いています。そうなると各プールでコミュニティが生まれる可能性がある。既存にはない新しい広がりができるのかなと、期待しています。

 

 

──サーフィン人口に関する数値目標などはありますか?

 

 

NSAのホームページに「日本サーフィン連盟総合計画 2017年度〜2026年度計画」という長期計画を出しています。その中では、2017年1月の制作時に1万3000人だったNSAの会員数を、2026年には10万人にするといった数値目標を掲げています。

 

 

東京2020大会でメダルを獲得するといったことも書かれていて、それは実現できましたが、一方でコロナ禍などもあり実現できていない目標もあります。内容を修正する必要を感じていますが、強化面においては計画より良い感じで進んでいるのではないでしょうか。

 

 

今の若い選手を強化していく方針に変えるべき

 

 

ただ、次のパリ大会でのメダル獲得は簡単ではないですね。開催地がチョープー(タヒチ)となれば選考方法から変えないとメダル争いに食い込めないかもしれません。しかも開催は3年後。それまでに世界有数のビッグウェーバーを育てるのは簡単な仕事ではないでしょう。

 

 

 

 

経験のある人たちに頑張ってもらうという方針に変える必要性を感じています。ですからその先を見据えて、7年後のロサンゼルス大会、さらにその次のオーストラリア大会に向けて今の若い選手を強化していく方針に変えるべきでしょうね。

 

2026年に愛知県でアジア競技大会(アジアオリンピック)があるのをご存じですか? 実はこの大会にサーフィンが正式競技として入っているんです。日本のサーフィンにとっては、オリンピックのパリ大会後に行われる2026年のアジア競技大会が1つの大きな目標になると思います。残された時間は5年弱。強化が急がれます。

 

 

 

 

「公益社団法人化が、私の最後の仕事」

 

 

──俄然やることが増えた印象ですね。

 

 

そうですね。実は私は震災の年に理事長職に就いたので現在11年目に入っています。しかしJOCのガバナンスコードを見ると、会長や理事は10年までしかできない規定になっています。だから私も今期で最後。次の人に引き継がなければならず、そして辞める前までに、どうにか公益社団法人化を実現したいと思っています。

 

 

──公益社団法人になるメリットはなんでしょうか?

 

 

ひとつは税の優遇です。たとえばNSAのグッズ販売で得た売上に税金がかからず、連盟の経費として使えるようになります。社会的な信用度も増しますから支援していただけるスポンサーを獲得しやすくもなる。

 

現在は一般社団法人のため協力金や協賛金を出しても税金は免除されませんが、公益社団法人に対してならば税の優遇措置があるので、企業として支援しやすくなるようです。

 

ただ公益社団法人になるためには、組織体制や活動が社会の利益となる必要があります。ここが今の連盟の形だと難しいようなんです。NSAは会員向けにサービスを提供している側面があり、内向きだと指摘されました。これを外向きに変える。ビーチクリーンやサーフィンスクールなど、一般の方に向けた事業をもっともっと行う必要性があるのだと思います。

 

 

スポーツとしてのサーフィンの普及

 

 

五十嵐カノアと都筑有夢路 photo:NSA

 

──組織の改編を視野に入れていることも分かりました。改めて最後に、五十嵐カノア選手と都筑有夢路選手によるメダル獲得という偉業は、今後の日本サーフィンにどう影響すると思いますか?

 

 

2人がメダルを獲得してくれたことで日本にサーフィンのファンが増えたと思っています。それに2人とも好青年じゃないですか。サーフィンのイメージはとてもアップしたと思いますね。それに、入賞した大原洋人や前田マヒナも、そして最後まで代表選に残った村上舜や松田詩野もWSLのCTに上がるため世界で戦っています。

 

だから今後は選手たちの功績を活用させてもらい、スポーツとしてのサーフィンの普及に邁進しなければならないと思います。プロサーファーも日本には多くいますから、彼らの協力を得ながら、サーフィンが健全なスポーツとして社会に認められる動きをしていく必要がある。

 

 

 

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たとえば各地の海辺の学校にサーフィン部ができれば顧問の先生が必要になり、そこにプロサーファーが活躍する場ができるかもしれない。学校教育の中にも少しでも入り込めたら良いなと思っています。

 

とはいえサーフィンは自由であるところに魅力があります。スポーツとしての側面に加え、カルチャーやアートといった複合的な魅力があり、それはそれでサーフィンの文化として残し、伝えていきたいですよね。

 

 

 

実は東京2020大会では来場者に観てもらうためのサーフィンミュージアムを作ったんです。無観客となって残念ながらお披露目はできませんでしたが、サーフィンというカルチャーを包括的に紹介する内容になっていました。やはりカルチャーを無視してしまうと、ただ波に乗るだけのものになってしまう。サーフィンの魅力は半減してしまいます。

 

オーストラリアへ行くとビーチサイドにはクラブチームがあり、ライフセイバーの人たちにもサーファーが多く、サーフィンが海のライフスタイルスポーツとして認知されています。選手の強化や地道な普及活動を通して、島国で波がある日本でも同じような光景を生み出していきたいですし、伸び代は十分。必ず日本のサーフィンは、ますます発展していくと思います。

 

 

 

取材協力:一般社団法人日本サーフィン連盟