【SURFMEDIA特集コラム】オリンピックがもたらしたもの / 日本のサーフィン、その未来。

オリンピック初のサーフィン競技会場となった千葉県の釣ヶ崎海岸PHOTO:ISA /Pablo_Jimenez

 

文:山本貞彦

 

史上初のオリンピックのサーフィン競技が終了した。
まずはメダル獲得した五十嵐カノア、都筑有夢路には大きな称賛を送りたい。おめでとうございます!そして、感動をありがとう!

 

そして、オリンピックへの追加種目への誘致活動から始まり、選手強化を行ったこの6年。メダル獲得までに至ったNSA(日本サーフィン連盟)にも賛辞を送りたい。ありがとうございました!

 

カルチャーであったサーフィンが、スポーツとして全世界にアピールすることができたこと。この東京オリンピックがサーフィン界にとって、そして、日本のサーフィンにとっても大きな節目となったことは間違いないだろう。

 

 

 

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さて、その大会は無観客試合ということもあり、大会のライブ映像は全てネットで見ることができた。メダルの可能性が出てきた時には、急遽、地上波でも放映されることになり、メダル獲得後はTV各局がそれを報道。サーフィンを知らない人にもその魅力を十分に発信できたと思う。

 

 

ただ、一つ残念だったのは、試合のライブスコアが合計点だけの表示だったこと。なので、選手のそれぞれの持ち点、逆転に必要な点がわからない(ライブ中に一瞬表示されるが、すぐ消える)。さらに、ライブの解説は英語しかなかったので、初めてこの競技を見る人は、よくわからなかったでのはないかと思う。

 

 

できれば、ベスト2ウェイブそれぞれのポイント。逆転に必要な点が適宜に表示されていて、その都度、今の演技は何点と見ている人がわかれば、優先権や選手の駆け引きなど含め、試合の面白さも理解できたのではないだろうか。

 

 

地上波で日本語解説があれば、まだフォローはできるだろう。でも、波次第で試合開始の可否が決まるサーフィン。放映には柔軟な日程調整が必要となることから、そこはこれからの課題だろう。

 

 

とは言え、オリンピックの厳しい制約の中、今回はコロナ禍での開催ということもあり、その対策は徹底したものにせざるを得なかった。競技進行にあたり、政府、実行委員会からの連絡、指示が開催間際まで不透明だったため、現場の運営は大変だったと思う。本当にご苦労様でした。

 

 

 

五十嵐カノア

 

メダルを掲げたオリンピック男子メダリスト。左から五十嵐カノア(JPN)、イタロ・フェレイラ(BRA)、オーウェン・ライト(AUS)。写真: ISA / Pablo Jimenez

 

 

銀メダリストとなった五十嵐カノア。サーフィンをメジャースポーツにすること。日本のサーフィンを世界基準に押し上げることを誓い、このオリンピックの舞台に立った。準決勝で見せた世界1位のガブリエル・メディーナ(BRA)を破った、逆転のフルローテーションはカノアの真骨頂だった。

 

 

五十嵐カノア ISA / Pablo_Jimenez

 

 

日本人の両親を持ち、アメリカで生まれたカノアは幼少期のアマチュア時代から活躍。NSSA(全米アマチュアサーフィン連盟)ではチャンピオンとなり、幾多の優勝記録を塗り替えた。

 

2013年からWSLにおいてQS(クォリファイシリーズ)に本格挑戦し、2016年からCT(チャンピオンツアー)に入る。それまでアメリカ選手として参加していたカノアだったが、2018年からは登録を日本変え、NSA(日本サーフィン連盟)、ISA(世界サーフィン連盟)も正式に変更登録を認め、オリンピックには日本代表として選出された。

 

 

五十嵐カノア ISA / Pablo_Jimenez

 

 

サーフィンがカルチャーの要素が強いからこそ、このサーフィンをどう伝えることができるか。どうしたらこのサーフィンをもっとメジャーにできるか。カノアはスポーツとしての一面であるコンペを追求した。

 

世界のサーフィンはアメリカ、オーストラリア、ブラジル中心に回っている。日本がそこに入るためにも自身が先頭に立って戦う姿を見せることが、次世代へのエールにつながるとも考えたのだ。

 

カノアほどプロ意識が高い選手はいない。これほどの才能があれば、アメリカで大成することは間違いないだろう。しかし、カノアはルーツである日本を選んだ。それは家族への想い。そして、自分の存在意義を考えて、 自分にしかできないことを選択した。日本のプライドを胸に、絆を大切に、これからもカノアは新しいサーフィンの世界を見せてくれるだろう。

 

 

 

都筑有夢路

 

日本の都筑有夢路が女子銅メダル Photo: ISA / Sean Evans

 

 

都筑有夢路は今年からスポット参戦ながら、CTという舞台で着実に力をつけていた。オリンピックへの最後の代表権がかかったエルサルバドルのISA世界大会で、見事に出場権を獲得。そして、栄光の舞台で銅メダルという結果を残した。

 

ラウンド3では現在、世界4位のタティアナ・ウェストン・ウェッブ(BRA)、準々決勝で世界3位のサリー・フィッツギボンズ(AUS)を撃破。準決勝で世界1位のカリッサ・ムーア(USA)に惜敗するも、3位決定戦では世界6位のキャロライン・マークス(USA)を破るという、堂々たる戦いを見せた。

 

 

都筑有夢路 ISA / Sean_Evans

 

 

それでも有夢路のコンペ人生は、決して順風満帆ではなかった。2015年からQSに参戦。国内の大会では成績が出せずにいた毎日。しかし、2019年千葉のQS大会で優勝すると、さらにスペインでQS最高位の10000でも優勝。その勢いのまま台湾で行われたジュニア世界大会でも優勝と破竹の勢いを見せた。

 

 

その有夢路の強さの秘密は何なのか。それは持って生まれた身体能力に加えて、自分を信じる力。サーフィンを始めてからずっと思い続けている「ワールドタイトル」という目標。その目標があるからこそ、どんな時でも、コロナ禍でサーフィンができなくなっても、ブレることはなかった。

 

 

都筑有夢路  ISA / Pablo_Jimenez

 

 

性格は常に前向き。努力を惜しまないし、継続することができる忍耐力も持ち合わせている。また、冷静に自分の実力も理解した上で、まずは経験を積むことを優先。今は全ての経験を糧にそれを力に変え、日々成長している。

 

そして、それを支えたのが家族。有夢路はインタビューで涙ながらの感謝を述べた。それは両親の苦労を知っているから。遠征費などお金の工面やCTの世界大会にはお母さんが常に帯同して、自分をケアーしてくれている。

 

だから、自分が結果を残すことで、少しでも日本の業界が潤い、日本の女子サーフィンの取り巻く環境が良くなることを望んでいる。自分を信じ、家族の応援を胸に、有夢路の挑戦はまだまだ続く。

 

 

大原洋人

大原洋人 ISA / Pablo_Jimenez

 

 

18歳でUS OPENのタイトルを手に入れた大原洋人。日本のサーフシーンを牽引している一人だ。試合会場となった一宮が地元である洋人は多くの声援を受け、このオリンピックを迎えた。

 

この舞台に立つまで厳しい戦いだった。ISA世界戦への最後の1枠を争うジャパンオープンで優勝し、代表が決まるエルサルバドルのISA世界大会では決勝まで進み、4位のカッパーメダルを奪取。自力でオリンピック日本代表を獲得した。

 

 

ISA /Sean_Evans

 

 

このオリンピックのR-3では終了直前の大逆転劇で、勝負強いところをアピール。ローカルナレッジだけでなく、追い込まれてからの精神的な強さが際立った。しかし、それを警戒したのが今大会、金メダルを獲得したイタロ・フェレイラ(BRA)だった。

 

準決勝でイタロは、ヒートスタート同時にバックハンド・フルローテーションをメイクし、圧倒的な力で洋人を突き放しにかかった。それは勝負は何が起きるかわからないということを知っているから。さらに、洋人がここの波をよく理解していることや、その勝負強さに対して最大限の警戒をしたからだった。

 

 

大原洋人  ISA / Ben_Reed

 

 

試合はイタロの作戦どおり、洋人はコンビネーションに追い込まれる厳しいものとなった。しかし、洋人はタイムアップ寸前の演技でハードなリエントリーを決め、コンボを外し最後の意地を見せた。

 

今大会の結果は5位。しかし、この大きな舞台で掴んだものは、メンタルの強さと自分への自信。洋人はこの結果を素直に認め、何が必要で、何をすべきかを改めて学んだ。自分の今を知り、ここから新たなスタートを切った。今後の洋人の活躍にも期待大だ。

 

 

前田マヒナ

前田マヒナ ISA / Sean_Evans

 

 

ISA、WSLのジュニア世界大会で優勝経験を持ち、早くから世界を舞台に戦っていたマヒナ。大原洋人と同じく、今大会にはジャパンオープン、ISA世界大会と勝ち抜き、代表権を得てオリンピックの舞台に立った。

 

ハワイで育っても自分のルーツは日本だと公言。「ジャパニーズハワイアン」として生きることを選んだ。2018年に国籍を日本に申請。2019年からNSAの強化指定選手となり、オリンピックを目指すことになる。

 

 

前田マヒナ ISA / Sean_Evans

 

ハワイではロス・ウィリアムスからコーチを受け、柔術でもインストラクターの資格を持つ。ビッグウェイブにもアタックしてコンペだけでなく、サーフィンを極めることにも挑戦している。

 

一時期、スランプに陥り、コンテストを離れることもあったが、友人やまわりに支えられ復活。その時、今の「すべてをあるがまま受け入れる」という境地を得て、ネガティブ思考をやめるに至った。それが彼女の強さの源にもなっている。

 

しかし、本番では本来の力を発揮できずにR-3で敗退し、今大会は9位で終了。「試合前の気持ちの切り替えができなかった」と涙ながらのインタビュー。その心中は察して余りあるものだった。

 

「来た波で最高のパフォーマンスを魅せる」ことを目標にしていたマヒナだったが、その演技ができずに終わったことが、どれだけ悔しかったことだろう。しかし、この経験がまたマヒナを一回り大きくする。この結果も全て受け入れて次に進んで欲しい。自分の今を信じて、あとは尽くすだけだ。頑張れ!マヒナ!

 

 

 

 

そして、日本のメダル獲得において忘れてはいけないことがある。

 

 

波乗りジャパンPHOTO: ISA Ben_Reed

 

 

オリンピックは4年に1回、世界中からアスリートが集まり、全世界がその競技に注目する。国家を上げて行うプロジェクトだからこそ、スポンサーを含め大きな金額が動くイベントだ。スポンサーへの配慮からも大きな規制がかけられる。

 

そして、世界的なイベントだからこそ、日本のメダルへの期待も膨らむ。国民が夢中になり応援するからこそ、マスメディアも大きく取り上げることとなる。この新競技種目であるサーフィンも例外なく、取材攻勢を受けることとなった。

 

 

村上舜と松田詩野 ISA Sean_Evans

 

 

世界を転戦していたカノアを除いて、国内では内定を獲得していた村上舜と松田詩野。今年のISA世界大会で代表入りを逃したものの、それまでサーフィン日本代表候補として、多くのマスコミの取材依頼が来ていたのはこの2人だ。

 

代表確定ではなかったものの、マスメディアの取材はオリンピックが延期された後も日々、増えるばかりだった。そんな状況の中、世界大会に臨むプレッシャーは計り知れないものだったと思う。

 

スポンサーや応援してくれる人の期待に応えなければという気持ちも強かっただろう。そして、コロナ禍で取り巻く環境全てが一変し、調整も難しかったはずだ。この一年は精神的にキツかったと思う。

 

カノアや有夢路のメダル獲得は、彼ら自身の力で手に入れたことは間違いない。そして、波乗りジャパンや協会の頑張りもあってのメダルだとも思う。それでも村上、松田がサーフィン日本代表の顔として、ここまでアピールしてくれたから、この偉業が成し遂げられたのだと自分は思っている。改めて代表に挑んだ全ての選手にリスペクトの想いを贈りたい。

 

 

選手の価値観は今や、多様だ。

 

 

カルチャーがメインだったサーフィンが、このオリンピックをきっかけに、さらにコンペ志向に拍車がかかることは、間違いないだろう。CTで世界の頂点に立つ、国の代表になってオリンピックで金メダルを取る。子供たちからもそんな声が聞こえてくる。

 

その反面、サーフィンの持つカウンターカルチャーとしての在り方を追求するもの者も増えてくるだろう。試合で競うのではなく、自分のスタイルを追い求めて表現する、フリーサーフィンを極めたいと考えるサーファーたちだ。

 

でも、サーフィンはコンペとフリーが両方あって良い。両極にあるからこそ、コンペもフリーもその存在が輝けると自分は思う。サーフィンは自由だ。だから「サーフィンはこうでなければいけない」という価値観の押し付けはやめたいと思う。

 

どちらかではなく、それぞれの良さを認めること。サーフィンの持つカルチャーという部分を守りながら、コンペティションとしての新しい価値を作ること。ただ、今回のオリンピックのようにお金が絡む利権には、政治的な力で対抗できる手段を手に入れることが必須だ。メダル至上主義の犠牲にならないように、選手を守ることを忘れてはならない。

 

 

波乗りジャパン PHOTO: ISA Ben_Reed

 

 

世界で戦える人材を育てる環境作りがこれからも必要だ。

 

 

今回、選手たちが努力して結果を出し、ネクストジェネレーションに繋ぐなら、協会だけでなく業界も結束してその想いに応えなければならない。一般企業にも働きかけ、国内の大会を増やすなどして、世界で戦える人材を育てる環境作りがこれからも必要だ。

 

一般にはサーフィンの楽しさを知ってもらうとともに、フリーでもコンペでも選手のための活躍の場を増やすこと。さらに、女子のスタッフを増やして、女子選手の育成にもっと力を入れることなど課題はたくさんある。

 

それでも、このオリンピックがもたらした成果は、日本のサーフィンの進むべき方向を示してくれた。日本の立ち位置も再確認でき、新たなスタートとなる。これからも選手ファーストを胸に、共に新しいサーフィンを作っていきたい。

 

 

 

東京オリンピック2020

サーフィン結果

男子
金 – イタロ・フェレイラ(ブラジル)
銀 – 五十嵐カノア(日本)
銅 – オーウェン・ライト(オーストラリア)

5位 – 大原洋人(日本)

女子
金 – カリッサ・ムーア(アメリカ)
銀 – ビアンカ・ブイテンダグ(南アフリカ)
銅 – 都筑有夢路(日本)

9位 – 前田マヒナ(日本)

 

 

NHK 東京2020オリンピックサイトでは、見逃し動画もあるので要チェック。

https://sports.nhk.or.jp/olympic/sports/surfing/

 

Tokyo 2020