CTサーファー都筑有夢路 SURFMEDIA独占インタビュー 自分の夢を信じる力がサーフィンの未来を作る。

新型コロナウィルス。 このウィルスの広がりは想像を超え、世界は人だけでなく経済をも止めた。 人々の日常生活は一変し、全ての活動を自粛せざるを得ない状況に追い込まれることとなった。

 

スポーツの世界はすべての大会が中止となり、アスリートも自宅で過ごす日々。 自粛を機に改めてサーフィンのマインドを認識し、カルチャーとして存在を意識する事にもなった。 サーフィンはライフスタイルであり、人生をより良く生きるための道標となるからだろう。

 

都筑有夢路 WJC台湾
日本人として初のWSL世界ジュニアチャンピオンとなる。

 

このままスポーツとしてのサーフィンは縮小されてしまうのだろうか。 いや、自分はスポーツの一面が無くなるとは思わない。 自分にはできない人間の限界を見せてくれるのがスポーツだ。 そこには必ず感動がある。

 

それは超人的な演技だけでなく、その裏にある日々の努力や悔しい思いを想像できるから。そして、彼らの生き様を知ることで、自分も頑張ろうと勇気をもらえるのがスポーツだ。だから、スポーツは無くならないと思う。

 

都筑有夢路@hainan  WSL / Tim Hain

 

都筑有夢路、19歳。昨年、WSL チャンピオンツアーにクオリファイを決めた。 しかし、今年の3月にデビューする予定だったオーストラリアも初戦はキャンセル。 さらにWSLは6月末までツアーの中止及び延期を発表した。 この原稿執筆時も今シーズンのツアーは未定(7月初旬に発表予定)となっている。 そんなタイミングで彼女の今の心境とCT選手になったことでの変化などを改めて聞いた。

 

インタビュー:山本貞彦

 

その時はCTに行けるとは、正直思っていなかった部分もあったんですよね。

 

松田詩野、脇田紗良とは親友でもありライバルだ。@WJC台湾

 

SURFMEDIA(SM): 年間QSランキングを8位という成績で終了し、CTへのクオリファイはマウイで行われたCT最終戦 「Lululemon Maui Pro 」の結果次第ということでした。

台湾のWJC(ワールドジュニアチャンピオンシッ プ)で優勝してジュニア世界一の称号を手に入れた後、ちょうど帰国のタイミングで試合が再開されました ね。空港で自分が詩野(松田)と翔平(加藤)とライブ観戦していた時に、一人離れて寝ていました。結果とか気にならなかったのですか?

 

 

空港のロビーのソファーで一人離れて寝るアムちゃん

 

アムロ:もう、超一人になりたかったんです。クオリファイするか、ダメかのどっちかですよね。ダメな方になった ことを想像した時に、何かみんなに申し訳ないなって気持ちになると思ったんです。きっと空気は重くなる し、声もかけづらくなるから。気を使わせたくなかったんですよね。なので、ちょっと辛くて寝ていました。

 

 

ー 結果はR-2でブリッサ・ヘネシー(CRI)が負けて。その後、R-3でニッキ・ヴァン・ダイク(AUS)が マリア・マニュエル(HAW)を破ったことで、ブリッサはQSからのクオリファイになりました。よって、 アムちゃんのクオリファイは消滅。その時は飛行機の移動でも誰もその事に触れなかったんですよね。

 

 

アムロ:みんなが気を使っているのはわかりました。ダメな方に結果、なっちゃったんですけど。それにまだ自分は 完璧じゃなかったし。だから、その時はCTに行けると正直思っていなかった部分もあったんですよね。自分のスキルもメンタル含めて、まだまだ準備が足りていなかったし。だからそこは吹っ切って、一から頑張ろうと思っていました。

 

 

 

 

ー12月20日に日本のリップカール社が、WJCの祝勝会を開いてくれた次の日、グランドチャンピオンのカリッサ・ムーア(HAW)がインスタにコメントを出しました。それは一年間の休業宣言とアムちゃんに向けて「クオリファイおめでとう! 」のメッセージでした。最初の一報はどんな感じだったのですか?

 

アムロ:祝勝会から戻った夜に、WSLインターナショナルのジェシー・マイリー・ダイアーからインスタのDMでチャットで話さないって連絡が来て。でも、自分は英語が完全にはできないし、母に相談したら「きっと補欠の一番だから、そのことについて来年はこう過ごしなさい」という内容なんじゃないって。

 

「じゃあ、事情がわかっているからWSL JAPAN(当時)の近江さんに間に入ってもらおう」という事になって。それで近江さんに連絡してアポを取りました。それで申し訳なかったんですけど、時差もあったので、次の日の早朝から近江さんのお家にお伺いしたんです。

 

それで、ジェシーとチャットしたんですけど、最初は何を言っているのかわからなくて。でも、まわりがざ わつき始めて。最初に母が「えーっ!今、クオリファイ!って言った」って。そうしたら近江さんが「一度、 みんな冷静になろう」って。それで、もう一度「どういうことですか?」って聞いたら「アムロ。ユーアー クオリファイ!」って言ったんです。それで私も「えーっ!」っとなって。

 

近江さん宅でジェシーとチャット  Photo by Yoshiko Tsuzuki

 

ジェシーが言うには「カリッサ(ムーア)がツアーを一年休むから」というのをそこで知ったんです。それでなるほどねって。数時間後に「カリッサがそのことをインスタに上げるから、その後にアムロもインスタにコメントをアップしてね」って言われたんです。

 

 

 

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Thank you so much @rissmoore10 !!! I’m so much respect you and your surfing style. I can’t believe it. I’m in CT @wsl !!! I can’t wait for surfing champion tour and I’ll keep my confidence to my career. Hope see you at somewhere in the ocean. Surf with you 2021 tour and beyond. I’ll keep follow your pride for my surfing style. 自分ががCTに入る事ができて本当に信じられないです‼︎ ワールドチャンピオンになるっていう夢にやっと最初の1歩を踏み出せました。これからも自分を信じてワールドチャンピオンになるために頑張ります。2021年カリッサと戦うのが楽しみです!!!!! @ripcurl_women @xanadu_surf @fcs_surf @fcs_japan @handy_s_s @fours.fours @surfrider.yoshio Photo by @yasushi_photos

都筑 有夢路 / Amuro Tsuzuki(@amurotsuzuki)がシェアした投稿 –

 

クオリファイだよって言われても、気持ちの切り替えはできませんでした。

 

ー 実際、クオリファイが決まったと聞いてどうだったんですか?

 

アムロ:その時の雰囲気というか、ジェシーの言葉とか、みんなの反応に飲まれてしまって。何かその時は、全く実感がわかなくて。というのも、1月からQSを回る予定にしていたので、台湾から戻ってからは高校卒業のための課題を早く終わらせなきゃとか、あと免許もこの間に取らなきゃって、毎日忙しくしていたんです。

 

その時も自分の頭の中にあったのは「あっ! 教習所の時間だ、行かなきゃ! 」って。母は呆れていましたけど。その後、やっと時間ができた時に何回考えても、信じられないと思っていました。

 

実際、CTがダメだって一度結果が出ていたし。だから、来年は絶対にクオリファイするんだって切り替えていましたから。だから「クオリファイだよ」って言われても、気持ちの切り替えはできませんでした。

 

 

ー 今年のQS初戦は5000の中国でしたね。結果は9位でしたけど、その時もまだCT選手としての実感が無 かったんですか?まだQSからクオリファイするんだって気持ちのまま?

 

アムロ:そうです。中国はいつものQSをやっているみたいな感じでした。その後もQSチャレンジシリーズのシド ニーに出て、ニュージーランドも普通に回るつもりでいましたから。

 

 

QSは全部キャンセルして、CTにフォーカスしなさいって言われたんです。

 

 

ー 切り替えができたのはいつぐらいですか?

 

アムロ:CTの準備で2月の中旬にはオーストラリアへ入りました。CTの初戦が3月26日からだったので、それまでに練習も兼ねてQSに出てと思っていたので。

 

でも、リップカールのチームマネージャーのマーク・フラナガンと話した時に 「アムロはどうするつもりなんだ?」って聞かれたから「QSはニューキャッスル、マンリー、あとニュージランドのピハを回る」って話したら「全部キャンセルしろ。CTにフォーカスしなさい!」って言われたんです。それでその時は「あっ、そうなんだ」って。切り替えなきゃいけないんだって思いました。

 

海南島 Photo by Yoshiko Tsuzuki

 

今年は結果を求めるよりも経験を積むこと

 

ー それで気持ちもやっと吹っ切れたんですか?

 

アムロ:いや、今も若干、QSを回ろうって(笑)。だって試合をまだ一つもやっていないですし。家族と「2020年どうする?」っていう計画を立てた時に、QSの保険は絶対に大事だから回りたいよねって。父とは同意見だったんです。でも、フィジカルトレーナーの鈴木一弘先生や百斗(兄)は「CTだけでもアムちゃんは残れると思うよ」って。

 

でも、やはり心配だし。「QS出たいよね、CTだけじゃ怖いよね」って。元々、そういうプランでいたわけですし。でも、現地でCT選手や彼らに関わるスタッフからは「今年は結果を求めるよりも経験を積むこと」「一つ一つじっくりと試合に向き合うことの方が重要だ」「QSにこだわる必要は無い」「CT選手としての考え方に変えていくべきだ」って、口々に言われたんですね。

 

そこまで言われたら、そうかもしれないって思ったんですけど、心の中は切り替えがまだできていないんです(笑)。

 

オーストラリアのトーキーにあるリップカール本社前。後ろで手を上げているのがリップカールCT担当のマネージャーのライアン。  Photo by Yoshiko Tsuzuki

 

ー それは自分が経験不足だということで不安なのでしょうか?

 

アムロ:試合をしていないことが大きな要因です。CTの試合の経験が一回も無いからです。だから、経験を積む一つ の手段として、QSでも戦いたいという気持ちがあるのかもしれません。

 

 

マンリーではべサニーやブリッサ、オーウェンたちとリップカールのサイン会に参加。Photo by Yoshiko Tsuzuki

 

 

基本は、その大会が開催される場所のローカルを頼っていくことになるかと思います。

 

 

ー 不安といえば、ルーキーにとってコーチは大切ですよね。年間フォローしてもらうとなると莫大な費用もかかります。そこはどう考えていますか?

 

アムロ:母とも「コーチをつけなきゃいけないよね」って。CTの試合会場の経験がほとんど無かったから、良いコーチを探そうということになって。でも、専属となるとお金がすごくかかるし。だから、何人か掛け持ちしているコーチなら頭割りになるからって考えたんですけど、条件に合うコーチはいなくて。だから、基本はその大会のローカルを頼っていくことになるかと思います。今、大会も中断しているし、この空いた時間に調整しようと考えています。

 

チャレンジャーシリーズが行われる予定だったニュージーランド Photo by Yoshiko Tsuzuki

 

ー コロナで各国が出入国の制限を始めたことで、日本に戻りました。日本での自粛期間中はどうしていたのですか?

 

アムロ:実はオーストラリアのウィンキー・ポップ(ベルズの隣にあるポイント)で腰を痛めてしまって。それでも試合はあるしで、サーフィンの練習は続けていたんですけど。この日本に戻ったタイミングで、自粛も始まったし一回休もうって。それで3週間ぐらいサーフィンはやらなかったですね。

 

腰の骨もズレていて。だから、まず正しい位置に戻すために筋肉を緩めて。そこで再び筋肉で固めるという作業をするのに、ちょうど良い期間になりました。

 

まだ本調子ではないですけど、痛みはほぼ抜けていて。鈴木先生も「焦って治して、またゼロに戻っても意味がないからゆっくりやろうね」と言ってくれていて。もうちょっとトレーニングしたら、けっこう完璧に戻る感じです。

 

ゴールドコースト Photo by Yoshiko Tsuzuki

 

自粛期間に絶対にサーフィン含めて成長しようと思っていました

 

 

ー そして、未だに試合がありません。再開の目処も立っていません。焦りとかありますか?

 

アムロ:怪我もあったし、ちょうど良い機会だからトレーニングをしようって。自粛期間に絶対にサーフィン含めて いろいろ成長しようと思っていましたから。それができる自信もありましたし。今はやっとトレーニングも 変わってきて、最初は30分から始めて。

 

ショートボードじゃなくて、ちょっと大きいボードやツインとか。波の感覚を思い出すというところから始 めて、毎回10分ぐらいずつ増やしていってという感じです。こういう時間が成長する時間なのだって思っていますから、全く焦りはありません。

 

ー その前向きな気持ちは昔から持っていたのですか?

 

アムロ:中2ぐらいまでは、百斗のオマケでサーフィンをやっていたんですけど、人としても成長したいなと思ったん ですよね。その時に何かをすごく頑張ることで成長できるんだろうなって漠然と考えてて。真剣にサーフィ ンを本気でやろうを思ったのが中3でした。

 

試合に対して気持ちが入ったのが高1ですね。それまでは母に怒られちゃうからサーフィンやらなきゃと か、そういう気持ちでやっていた部分もあったんですけど。高1ぐらいからは自分から進んでやるようにな りました。

 

2017年は兄の百斗とジュニアイベントで兄妹優勝

 

周りが全く注目してくれなかったから、見返してやりたいと思っていた

 

 

ー そのきっかけは何かだったのですか?

 

アムロ:それは両親のおかげかもしれません。すごく一生懸命にやってくれてたから。だから、その気持ちに応えた いと思ったし。このままじゃ、ダメ人間で終わるなと思ったので。

 

ー ちょっと見返して欲しいとか、誉めて欲しいとかもあったのですか?

 

アムロ:それもあったかもしれません。自分はサーフィンがすごく上手いと思っていたんですど、まわりは全く注目してくれなかったし。だから、そういう部分でも見返してやりたいと思っていたんだと思います。

 

 

スペインで開催された、WSL女子QS10000「ABANCAガリシア・クラシック・サーフPRO」で、日本女子初となるQS10000イベントで優勝したアムロ

 

 

ー では、そのサーフィンに自信がついたのはいつ頃からですか?

 

アムロ:スペインの優勝がすごい自信にはなったかもしれません。自分ならイケる。この波でも、この相手でも自分 だったら全然勝てるわって思えるようになりましたから。試合前にそう思えることによって、いつものサー フィンができるようになったし、試合中でも絶対勝つという気持ちが強くなったと思います。

 

今までは試合の仕方とかがわかっていなかったんです。経験が少なくて。けれど、本気で勝ちたいと思い始 めて、試合にも慣れてきて。さらにいろいろ考えるようになって、その一つ一つのヒートで人より多く集中 できるようになったことが大きいと思います。

 

都筑有夢路@スペイン WSL / Laurent Masurel

 

ー それはどんな相手に対してもですか? 相手がCT選手だとしても?

 

アムロ:いつも相手は誰でも良かったです。誰が相手でも、私は絶対勝てるという自信はありました。でも、作戦と かそういう部分の自信は無かったんです。でも、試合での作戦、戦術を駆け引きとすれば、それだけにこだ わるのではなくて、自分のサーフィンのプラスな部分を捉えて、自分が目指すサーフィンで勝つことを目標 にしたこと。個の戦術ではなくて全体の戦略を考えるようになってから変わりました。

 

フィジカルトレーナーの鈴木一弘先生と  Photo by Yoshiko Tsuzuki

 

ターニングポイントでいうなら、千葉一宮での優勝ですね。

 

ー 今のこの流れで言うと大きなターニングポイントはスペインだったということでしょうか?

 

アムロ:ターニングポイントでいうなら、その前の千葉一宮ですね。あの優勝でちょっと自信がついたこともありましたけど、戦略まで考えられるようになって、コツもつかんだのが一宮でしたから。今までの考え方を変え たことも大きな要因だと思います。

 

今まで調子の良い板、調子の悪い板ということだけの考え方だったのが、この板を調子良く乗るためには、 どういう乗り方をすると良いかというような考え方を持てるようになったことです。

 

 

千葉の一宮プロでQS初優勝を決めた有夢路

 

 

ー 作って壊す、作っては壊すことをしないと成長はないと言いますけど、今までの自分のサーフィンを作り上げて、それを敢えて壊した。つまり、新しい考え方を取り入れたということですか?

 

アムロ:はい。今までのやってきたことはやってきたこと。自分は元々、ワールドタイトルを取るという目標が前か らあって、そのために必要なことであれば、今の自分のサーフィンを変える事は何の問題もありません。た だ、全てを変えすぎてもダメですから、どこを変えていくか。バランスも大事だと思います。そのためには まず自分を良く知る、理解することですね。

 

 

サーフィン業界が変わるきっかけになる影響力のある選手になりたい

 

 

 

ー オリンピックについてはどう思っていますか?

 

アムロ:自分はワールドタイトルを目指していて、ワールドタイトルだけを考えていました。そこにオリンピックで サーフィンが種目に選ばれて。自分が今の成績を残したことで、代表になれるチャンスをもらえる事になっ たことは素直に嬉しいです。

 

もし、出れることになれば、絶対に結果を残したいです。自分が結果を残すことで、サーフィン業界が変わるきっかけになったらいいし、そういう意味でも自分が影響力のある選手になりたいなって。だから、出るんだったら強く自信を持ってやり遂げたいなって思っています。

 

でも、オリンピックの名誉が欲しいとかそういうのではなくて、出ることによって、もっと業界が潤ったら いいなって。今までお金の面で大変な思いもしてきたし、両親が苦労しているのを見てきたから。やはり、 これからサーフィンにチャレンジする子供たちのために、もっと良い環境を作ってあげられたらって思いますから。

 

 

弟のてんちゃんも学校が休みの時は、大好きなお姉ちゃんの試合の応援に行くこともある マンリー Photo by Yoshiko Tsuzuki

 

子供たちのために、もっと良い環境を作ってあげたい。

 

 

ー 女子のサーフィンについてはどう思っていますか?今まで区別されていたじゃないですか。波の悪い時 は女子みたいなことも昔はありました。WSLもジェンダーの問題について積極的に取り組んで、賞金額が男 女とも同額になりましたよね。

 

アムロ:その男女の差とかは、自分はあまり感じたことはないです。でも、その女の子が良い波でやれないというの も「別に良い波じゃなくても、勝てばいいんでしょ」と自分は考えていたし、その波で一番上手かった人が 勝つだけの話しだと思っていましたから。

 

勝てない期間が長かったこともあるかもしれません。みんながたくさん活躍しているのに自分は勝てなかっ たから、そう思えるようになったかもしれないです。どんな時でも勝つしかないって。勝てない理由は自分の責任だって思っていました。

 

試合に敗れ、悔し涙を流すこともあった。その悔しさがあるから強くなれた。

 

 

自分なら絶対に大丈夫って思えたから、頑張り続けることができた。

 

 

アムロ:ただ、自分のサーフィンだけは信じていましたし、まわりの人が「アムちゃんのサーフィンなら大丈夫だよ」って、いつも励ましてくれていたから。そういう言葉がたぶん「自分なら絶対に大丈夫」って思えたか ら、頑張り続けることができたんだと思います。

 

両親から言われてきたのは「女子だから大変と言う理由は何もない。女子でも感動するヒート、人を惹きつける試合をしなさい。それで同じ賞金もらっても良いと誰もが言える選手になりなさい」と。だから、自分は男女関係なく、一人の選手として魅力あるサーフィンを見せることだけを考えています。

 

ワール ドタイトルを目指しているから、何も変わっていないんです。

 

 

ー 最後の質問になります。コロナで経済がダメになって大会スポンサーが無くなる可能性もあります。こ れからサーフィンはどうなるのかわからない状況で、モチベーションをどうキープしたら良いと考えていま すか?

 

アムロ:まず、コロナについては自粛含めてそういう環境の中で、アスリートとして見本となるようなことをしていくことが、結果、終息に繋がると思います。だから、自ら見本の行動を示していくということが大事かなって思うんですよね。

 

WSLは7月に今シーズンのスケジュールを発表するとなっていますが、たぶん、すぐには再開できないと思うんです。でも、それは自分の判断ですから、やはり、試合がいつ始まっても良い状況で準備だけはしておこうと両親とは話し合いました。

 

ただ、試合が無いから、何に向かって頑張ったらいいか、わからなくなるかもしれませんけど、私はワール ドタイトルを目指しているから、何も変わっていないんです。頑張る気持ちの量は全く変わっていません。 試合が無くたって、そこを目指しているのだから一緒だなって考えています。

 

 

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WJCで見せたサーフィンは男子を凌駕する素晴らしい演技だった。 彼女の強さはどこにあるんだろうか。

 

それは、自分を信じる力と家族の協力、応援してくれるみんなとスポンサーの力。そして、このインタビューでわかった目標の重要さ。 「目標がちゃんとあれば、どんなことが起きても大丈夫。目標を立てた何年後にその結果が出ていれば良いのだから」と語った。

 

彼女にはワールドタイトルという目標がある。自分のしっかりした想いがあるから、今に動揺することはない。目標を持っていれば、ブレる事はない。

 

このコロナ収束へ向かう中で、世の中の価値観は大きく変化した。そして、新しい生活様式が始まり、新しいサーフィンのルールもできた。

 

与えられた条件の中で、自分が次に何をするか。 出来ないではなくて、どうしたら出来るか。 自分を理解して、集中することを彼女は教えてくれた。

 

女子だからと言う理由は関係なく、一人のアスリートとして。多様性の時代に生きるアスリートの代表として、彼女がサーフィンの未来を作る。 自分の可能性を信じて!

 

Go!Go!Amuro!

 

 

都筑 有夢路 (ツヅキ アムロ)

生年月日 :2001年4月5日
出身地 :神奈川 藤沢
身長 :159cm
体重 :55kg
スタンス :レギュラー
ホームポイント:湘南鵠沼 千葉志田下
スポンサー :リップカールグランマーブルFCS富士企画

好きな波 :J- BAY(南アフリカ)、ウィンキー・ポップ(オーストラリア ビクトリア)

好きなマニューバー:ボトムターン

影響を受けた人 :家族