ボディボード世界チャンピオン・大原沙莉インタビュー。「BBとサーフィンの壁をなくしたい」

ボディボードの世界ツアーで日本人の活躍が目立っている。昨年は鈴木彩加が、そして今年は大原沙莉が世界チャンピオンに輝いた。大原はご存知のとおり、日本を代表するプロサーファーの大原洋人の姉であり、二人ともそれぞれの道でトップを歩む。

 

サーフィンではまだ日本人の世界チャンピオンは誕生していないが、ボディボードではすでに2人の世界チャンピオンが誕生したのだ。このことをきっかけにますますボディボードに注目をしていきたいと思うとともに、今年世界チャンピオンとなった大原に今年の試合について、今までとこれから、弟の存在、そして世界チャンピオンの思いを聞かせてもらった。

 

文/米地有理子
ポートレート写真/米地有理子
それ以外の写真は本人提供

 

Q.まずは世界チャンピオンを獲った気持ちを。

 

やっと獲れたなというホッとした気持ちです。
獲れてよかったという気持ちがどんどん強くなってきている感じです。

 

Q.BBの世界ツアーについて教えて下さい。

 

BBの世界ツアーはAPBワールドツアーと呼ばれ、メンズ、ウィメンズ、ドロップニー、プロジュニア(ボーイズ)というディビジョンがあります。各国で行われる試合で年間のポイントを稼いでチャンピオンを決めます。サーフィンのWCTみたいに限られた人数しか出れないというわけではないのですが、女子は20人から30人ぐらいです。

 

男子はWQSのようなクウエストシリーズ、クウエストのポイントが高い人が出場できるWCTのようなグランドスラムシリーズがあります。女子は予選はないのですが、トップシード、セカンドシードがあり、最終ランキングトップ8が次年度のトップシードになります。私はトップシードに入っています。

 

 

Q.その世界ツアーで今年世界チャンピオンになったわけですが、チャレンジしてきて何年目ですか?最初から世界チャンピオンを目指してましたか?

 

初めて世界ツアーに参戦したのが、高校1年生の時で、その当時はAPBではなく前身のIBAという組織でしたが。なので9年目になります。BBを真剣に始めたのは小学5年生で、中学3年生でJPBAの公認プロ資格を取得しました。プロになって次の年から世界ツアーを回るようになりました。

 

BBを始めた時、私の師匠の小池葵さんが現役で世界ツアーを回っていました。周りにもJPBAのトッププロやNSAのトップアマが居て、勝つことが当たり前でした。最初の頃は世界チャンピオンは夢の世界で、ただなりたいと言っているような感じでしたね。世界チャンンピオンになるという実感はありませんでした。

 

 

Q.BBを始めたきっかけをあらためて聞かせて下さい。

 

きっかけは父がサーファー、母がボディボーダーで、小学1年生の時に海沿いの一宮に引っ越しして来ました。それで両親にサーフィンかBBを始めろと言われ、サーフィンは危なそうだからBBを始めました。後で聞いた話ですが、父がサーフィンを始めた時はもうプロになって世界で活躍するには遅かったので、私や弟に小さい時から始めて活躍してほしいと思っていたみたいです。

 

弟はすぐにはまって小学2年生ぐらいから毎日海に行ってましたね。私は新しい友達とか勉強が楽しかったので、最初はやりたくなかったんです。でも小学5年生の時に小池葵さんにうちのお店においでとお誘いしてもらって。お店に行ったら、畠山美南海ちゃんや相田桃ちゃんとか同年代のお姉ちゃんとか友達がたくさん居て、自然に友達に会いに行くような感じで通うようになって。

 

そして段々と友達がライバルになっていって、勝ちたいという気持ちになっていきましたね。小池さんのお店に通うようになった年の冬に小池さんにハワイに連れて行ってもらったんです。両親も1番やる気のない私にチャンスだと背中を押してくれて、初めて1ヶ月行ったんです。その時活躍していたお姉ちゃんたちと一緒で、みんな上手いし、ハワイはあったかいし、波もいいし、とっても楽しくて。ハレイワの8ftに入らされてセットもくらいました。。。エントリー5人の小さい試合に出て2位になったり。いい経験になりました。

 

 

 

Q.そうやってBBを始めて、めきめき力をつけて来たのですね。その後は?

 

中学3年生の時に初めてNSAの全日本選手権で優勝しました。JPBAにも参戦していてプロになれる条件を満たしていたのですが、全日本選手権で優勝したかったのでプロ宣言をしないでいたんですね。中学3年生の時にJPBAで2回優勝したんです。それで、プロ宣言するのには1週間しかない状況だったのですが、保留して全日本選手権に出場して優勝できたんです。保留期間の最終日にプロ宣言をしてプロになりました(笑)。

 

私の周りは上手い人ばかりで、私は遅かったんです。みんなに頑張って追いつかなきゃって。プロになってからはアマチュアの試合は出れないので、次の年の高校1年生の時からJPBAをメインに回りながら、世界ツアーにも参戦するようになりました。

 

 

高校は親とも相談して通信制の高校に行くことにしました。高校1年生の時は成績を残せなかったのですが、世界ツアーではセミファイナルまで行くことができました。高校2年生の時にJPBAのグランドチャンピオンになることができて、世界ツアーでもファイナルまで行き、国際サーフィン連盟(ISA)のワールド・ボディボード・チャンピオンシップでは金メダルを獲ることができました。

 

この年はミラクルでしたね。自分のスタイルがようやく確立できたのかなと。洋人も全米アマチュアサーフィン連盟(NSSA)のカリフォルニア選手権(West Coast Championship)で日本人で初めて優勝したり、ワールドジュニアでセミファイナルまで行った年です。洋人はほぼ日本に居なかったのですが、一緒に夢を追いかけて来たという感じですね。

 

 

Q.国内外の大会で成績を残しながら徐々に世界チャンピオンも見えて来ましたか?

 

4年前にJPBAから世界ツアー中心に移行して参戦するようになりました。それからJPBAで勝てなくなりました。かなり日本の波と世界の波が違うんですね。世界の波はものすごく掘れていたり大きかったりと危険な波が多くて、その波に対応できる練習と体作りをしなきゃいけないというシフトチェンジをして行った時に日本の波での練習もあまり身が入らなくなってしまって。去年一昨年は1回も優勝できなくて。でも今年は5戦中3戦出場して2戦優勝できました。今年は自分のやり方を見つけられて、JPBAでも成績を残せてよかった~という感じです(笑)。

 

Q.今年は国内外で成績を残せたんですね。今年の世界ツアーについて教えて下さい。

 

今年は4戦フル参戦でした。最初の2戦はチリで、ファイナルまで残って2位でした。3戦目のポルトガルで優勝して、4戦目のスペインのカナリア諸島ではクォーターファイナルで負けて5位でした。

 

今年、ボードがフランスのインターナショナルブランドに変わりました。そのボードが今まで乗ったことのないタイプで、調子が良く、自分のライディングに少しずつ馴染んでいきました。チリの2戦はその途中で、確信を持って調子が良いというよりは、試合の中で試して行ったような感じでした。ボードが徐々に馴染んでいくのが新鮮だったし、初戦も初めて行く場所だったので全てが新鮮でした。

 

 

次の2戦目は毎年行っている場所で波は慣れていました。そこで自分の知識を活かして波に乗って、初めて世界ツアーで10ポイントを出すことができたんです。自分の中でボードが馴染んで来ているという確信も持てて。この試合で(鈴木)彩加が優勝して私が2位になり、ランキングも彩加がトップで私が2位になりました。

 

 

そこから2ヶ月空いて、3戦目のポルトガルでした。その場所は私が初めて世界ツアーに参戦した場所で今年9回目の慣れている場所で。この時にはボードも馴染んで、やっと戦術を活かして自分のライディングができましたね。

 

クォーターファイナルで世界チャンピオンを4回獲ったことがあるブラジルのイザベラ・ソーサと当たって。ここがすごく鬼門で、メンタルコーチに電話して「勝ちたいんですけど」って言ったら、簡単に言えば「相手が嫌がることを考えなさい」って。ライディングに自信がないのなら相手に真正面からぶつかるのではなくて、戦術でやった方がいいというアドバイスで。

 

そのアドバイスを頭に入れて戦ったら、クォーターファイナルを勝ち上がれたんです。戦術って、相手にプレッシャーをかけるんですけど、ロープライオリティでもプレッシャーはかけれて。戦術を考えるとゲームみたいで楽しくなるんです。私の場合、戦術で戦った時に自分らしさが出て。

 

ファイナルの相手は過去2回世界チャンピオンを獲っているカナリア諸島のアレキサンドリア・リンダで。やっぱり不安でいろんな人にアドバイスをもらいました。普段あまり話さないメンズの選手とか、日本人の選手とかにもアドバイスをもらって自分の中に落とし込んでいきました。

 

 

海に入る前にシナリオを作って。日本ではできるのですが、海外だとそういうことがどうしても飛んでしまうんです。最初の2戦もそうだったので、それを反省した上でファイナルに残れたので、優勝するために必要なことは何かを考えたら、やっと優勝できました。

 

世界ツアーではあまり優勝経験がなくて、優勝は日本での開催の時だったりして、自分の中で世界ツアーで優勝したぞという実感がなくて。始めの2戦で2位で、”2位はもう嫌だ~!”って思いましたね。3戦目でようやく優勝にたどり着けました。

 

そこでランキングトップになって、最終戦を迎えました。カナリア諸島のフロントンというポイントで、毎年メンズの最終戦が行われる場所です。浅いリーフブレイクで、すごく掘れていてメンズも怪我してしまうようなポイントで、女子向きではないような所で。すごく不安でしたが、状況としては彩加が優勝しなかったら私のチャンピオンが決定でした。

 

私には有利な状況だったので、さほど緊張もなく、そうなると強くて、自分でやれることをやろうという気持ちでクォーターファイナルまで勝ち上がりました。クォーターは前回の試合で2位になったカナリア諸島の地元の選手で、こてんぱんにやられて負けました。その後にクォーター4ヒート目の彩加がイザベラ・ソーサとマンオンマンで戦って負けて、私の世界チャンピオンが決まりました。最終戦は負けてしまい、先の3戦で決めれてよかったという感じですね。

新しいことを自分のものにすることが楽しくて進んでいったら世界チャンピオンが獲れた。

 

 

Q.世界チャンピオンのこれまでの道のりを振り返ってどうですか?

 

私の上には常に他の人たちが居て、その人たちを毎回毎回追いかける形でやって来たので、世界チャンピオンを獲るということがわかっていなかったんです。NSAでの優勝もJPBAのグランドチャンピオンを獲るのも世界ツアーで優勝するのも他の人よりも遅くて。だから誰よりも1番になるということはよくわかっていなくて。

 

私は誰かの真似をするのが得意だと最近思うんです。他の人のやり方を見てそれを自分の中に落とし込むのを考えるのが好きで。実は去年一昨年が自分のキャリアの中でスランプでした。ライディングも上手くいかず、結果も出せず。BBの調子が悪い時が長く続くことが今まであまりなかったのですが、長い期間調子が悪くなって。

 

そんな中で去年あやか(鈴木彩加)が世界チャンピオンを獲って。初めてやっと自分が世界チャンピオンを真剣に狙っていかなきゃいけなかったと気づいて。それで今までのようではいけないと思って、環境を変えようと取り組み始めました。ボードを変えて、外国人のコーチも受けて、全てが新鮮で。新しいことを自分のものにすることが楽しくて進んでいったら世界チャンピオンが獲れたという感じです。

 

自分一人で成し遂げたというよりも周りの人がいてくれたからこのことが起きたんだなって。

 

外国人のコーチは、世界ツアーを回っていたライアン・ハーディという有名な人で、日本人の知り合いのツテで3日間バリで受けさせてもらったのですが、その3日間で新しい刺激をもらって。”BB無限の可能性!”みたいな。スランプの中で楽しさを与えてもらいました。新しいボードとともに、行き詰まっていたところに新しい道が開けて、もっと自分ができるかもしれないという可能性を感じることができました。

 

10代からBBを本格的に始めて、やれないことが少しずつできるようになることが楽しかったことを久しぶりに思い出したというか。スランプが積もり積もった中で自分の力もなくて、”変えたい!”っていろんな人に話したら動いてくれる人がたくさん居たんです。

 

バリのコーチもそうですし、ボードもそうです。今思えば、みんな助けてあげるよって言ってくれていたのに変に頑固になっていたのかなと。みんなの力があって世界チャンピオンが獲れたと感じています。獲れた時にたくさんのメッセージをもらって、自分一人で成し遂げたというよりも周りの人がいてくれたからこのことが起きたんだなって。

 

 

彩加が世界チャンピオンを獲った時から自分が変わったのかな。

 

パーティーにもたくさんの人が来てくれました。弟のサーフィン関連の人も。SNSのメッセージなどでもいつも応援の言葉をかけてくれる人はもちろん、陰ながら見守ってくれていた人たちが満を持して言葉をかけてくれたというか。こんなにいっぱい居たんだとその多さに驚きました。

 

大会後にメンズの憧れの選手からも「君がその価値があったから世界チャンピオンを獲れたんだよ」って言われて嬉しかったです。世界チャンピオンはなかなか獲れるものではないので自分には獲るという実感がなかったのですが、これがその獲れたということなんだと。

 

今振り返れば、彩加が世界チャンピオンを獲った時から自分が変わったのかなと思えます。1番身近な彩加が世界チャンピオンを獲ったから。努力しているのを見ていたし、彼女のメンタルの強さを尊敬しているし、別の誰かだったら私もこうはならなかったかもしれないですね。日本人も世界チャンピオンを穫れるんだって。そこから自分が変われたのかと。私は真似しかできないから(笑)

 

大原ファミリー

 

弟の助言で私自身、ライディングや視点がサーファーっぽいって言われます。

 

Q.弟の洋人くんはどんな存在ですか?

 

弟はどこまでいっても弟で。もちろん活躍してくれたら嬉しいです。性別も種目も違うので比べたりすることもないですし。彼は努力家でサーフィンが大好きで。オリンピックという今まで誰も考えていなかったことが現実に起こって、混乱していたり、今一番大事な時期にいるのも何となく見ていてわかるから、自分らしく頑張ってほしいと思っています。

 

あまり日本に居ないので、喧嘩という喧嘩もしないですけど、たまに喧嘩もします(笑)。年子なのでお姉ちゃんとしても見られていないですね。頑張っているのを見ながらお互いに吸収しているのかな。弟によって身近にオリンピックの世界を見れてラッキーかなというのもありますね。弟を通じて知り合う人もたくさん居るし、弟のおかげで注目してもらえるのもありますね(笑)。

 

たまに一緒に海に入る時もありますが、「お前のライディングは(サーフィンと違って)技のバリエーションがなくて飽きる」とか言われて悔しいのですが、そういう視点をもらえます。だからサーファーから見てもすごいって思われたいっていう気持ちになったり。BBは”一発の美”もあるので、どれだけ一発大きい技が入るか、どれだけ大きい波に乗れるとか。そんな弟の助言で私自身、ライディングや視点がサーファーっぽいって言われます。弟にはけなされますが、仲は良いのかな。世界チャンピオンを獲った時もSNSで私のことを”頑張ったね!”ってあげてくれていました。

 

 

Q.普段はどこで練習しているのですか?

 

家のそばの一宮周辺で練習をしています。寒いですけど冬も。休みの日には暖かい千葉の南エリアに行ったり。春先はバリに行ったりもします。

 

Q,今後の目標はどこに置いていますか?

 

自分に自信がなくてスランプの時はチャンピオンなんて夢のまた夢と思っていたので、チャンピオンを獲ったら引退しようかと思っていました。でも今は新しいことがたくさん起こって、チャンピオンを獲って自信がついたというか。なので、もうちょっとBBを進化させたいので来年も2連覇目指していきたいと思っています。

 

それと、今までのBBの歴史で、BBブームがあった時は、BB界も潤って良いスポンサーがついて海外の試合に転戦していたと聞いています。その時と比べて今は低迷していてBB人口も減っていて。その中で私は現役活動をしているのですが、BBブームの時を知っている先輩に私がその時にいたらよかったのにという話を聞くとちょっと悔しくて。

 

今はアルバイトをしていて、BBだけではやっていけないので。次の世代の子たちには苦しい思いをさせたくないから、そのために何かできたらと思っています。サーフィンは今、良いスポンサーがついていたりしているのを見て、私の時代には無理でも次の時代にはと。私は不器用なので二足の草鞋を履くことはできないので、引退した時に何かできればと思っています。私の師匠の小池葵さんが大きなBBスクールを開催していて、私もその生徒の一人だったので、私もBBスクールを開催するとかBB人口を増やすような活動をしていけたらなと。

 

”BBとサーフィンの壁をなくしたい”が私の人生のテーマ

 

 

Q.今後の試合は?

 

世界ツアーを中心にJPBAも参戦できる時は参戦します。日本の試合で勝てなくなったというのも悔しいので。賞金も稼ぎたいし、JPBAも盛り上げていきたいです。

 

Q.最後ににメッセージをお願いします!!

 

応援ありがとうございました。皆さんの応援のおかげでチャンピオンを獲れたと思っています。皆さんが居てくれなかったら今の私はないと思っています。いつもありがとうございます。

 

私の人生のテーマが、”BBとサーフィンの壁をなくしたい”ということなので、そういう活動をしつつ、BBの人にはBBだからと言って引っ込み思案にならないで純粋に海を楽しんでほしいと思っています。

 

そして、努力が苦手な私でも努力をすれば世界チャンピオンを獲れたということは、周りの環境もあったけど、特別な人が獲れたというわけではないから、諦めないで努力をし続ければ夢が叶うということを証明できたと思います。なので、何か夢があったり、成し遂げたいということがあれば諦めずに頑張ってほしいと思います。

 

 

大原沙莉 (おおはら・さり)

https://www.instagram.com/sariohhara/

 

生年月日:1995年4月21日
出身在住:東京都出身千葉県在住
プロ合格年:2010年プロ合格
身長/体重:160cm/57kg
ホームグランド:千葉一宮
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