最近、もう一人とても気になる選手がいる。2012年JPSAランキング14位から2013年は3位とランクアップした加藤嵐。海外の厳しいトレーニングでフィジカルも鍛え、これから世界へと意気込んでスタートした今シーズン。ASPのハワイ、オーストラリア、メキシコは全滅。JPSAの初戦のバリでも1コケ。さらに第2戦の伊豆では、試合直前の練習中に足首のじん帯を損傷し、棄権という結果に。
結果が伴わない苦しいスタート。普通なら落ち込んで顔が険しくなるか、逆に努めて明るくする無理な表情になるはずだが、嵐にはそれがない。表情が柔らかいのだ。自然体とでも言うのか、リラックスしているようにも見える。湘南 のASP QSでは、怪我がまだ完治せずの出場。波が無いながらも、あれよあれよとセミまで勝ち上がり7位という成績を残した。いったい嵐に何があったのか。何が嵐を変えたのか。
インタビュー、撮影:山本貞彦
トレーニングを積んで臨んだ今シーズン。スタートダッシュに失敗して、2月ぐらいの嵐はすごく辛そうに見えたけど。実際、SNSでも苦しい胸の内を語っていたね。
そうですね。トレーニングをやっているのも公開しているし、日本ではある程度は勝っていたので。昨年もアベレージは残していたし、これで波に乗って来たのかなっていう感じが自分の中でもあったので、この結果はやはりカッコがつかない部分がありました。
オーストラリア入りしてトレーニング1ヶ月やって、自分なりに手応えみたいなものを感じていて。でも、試合に負けたことでそれを崩されて、で、ヒロト(大原洋人)もWJC以降、勝ち始めたりしているのを見て、焦りというか、気にし過ぎていたというのもありましたね。
昨年の国内でのランキングのアップも自信にならなかったの?
全然ダメでしたね。去年も怪我(かかと)があって、世界の試合をスキップしたことで、世界ランキング上げることができなかったことが、一番納得いかなかったことですし。それにジュニアの最後の年に、満足できる成績が出せなかったというのもあって。正直、気分は良くなくて。負けず嫌いなので結果が出なかったことで、サーフィン自体も何かあまりやる気が無くなってしまって。カッコつけたいって、=(イコール)、ビビリなだけですけどね(笑)。負けるのが一番嫌なんです。
昔から負けず嫌いだったの?「前はシャイで話もできないぐらいおとなしかった」とカイト(大橋海人)から聞いたけど。
人見知りでしたね。今でもそうですけど、あと恥ずかしがり屋というのもあります。でも、小さい時はサッカーやって、けっこう走るのが得意で、ずっとリレーの選手もやっていました。マラソン大会でもフライングしちゃうぐらいの、とにかく負けず嫌いでしたね。人の後ろだと邪魔だって思う方だったから、一番早くなっちゃえばイイんじゃんって考えだったので。
でも、小学校5年で横浜から千葉に引っ越して来て、すぐにいじめられたんですよ。元からシャイな部分もあったんですけど、友達もそこからスタートしたから、たぶん、そちらの性格が強く出てたのかと。初めの頃は中学校行っても、みんなとは全然話してなかったですね。
でも、その負けず嫌いのおかげで、何かあれば自分の嫌な所を変えられると思っていたので。徐々にですけど、そこで変われたのかなって思います。
“今年はもう試合出るのを止めようと思ったんですよ。もうオーストラリアに今年一年滞在しようかなって考えていました。”
その負けず嫌いの性格だったから、結果が出なくて落ち込んだわけだ。
そうですね。3月とかに、今年はもう試合出るのを止めようと思ったんですよ、実は。もうオーストラリアに今年一年滞在しようかなって考えていました。トレーニングをやっているから自信はあって、フリーサーフィンも調子が良くて。でも、勝てなくて。このままやっていても何も変わらないと思ったし、自分の何が悪いのかもわからなかったので、一から自分を作り上げるために一年間を費やしてみようっていう考えになっていました。
負けるとやはり、応援してくれている人も悔しいじゃないですか。で、やはり良いことも悪いことも言われるから。そういうことを言われること自体もすごく嫌だった時期でもあって。何か「おまえもっと頑張れ」っていうのも、ムカついてしまうようになってしまって。だったら、今年はもう試合に出るのを止めて、何も言われない状況を作ってしまえば良いんだって思っていました。
回りは回り、自分は自分だという考え方ができなくて。別に今、結果出なくても来年出せば良いんだっていう考え方にもなれなくて。たぶん、結果に対して自分自身が張り合いたかったんでしょうね。今すぐにでも結果を出したいという欲求が強過ぎたのかもしれません。
で、一年休業しようと思ったのを止めた理由は何なの?ブログの書き込みにある友人の言葉なのかな?
小学校から高校まで一緒の同級生で、チアキ(森千晃 / プロロングボーダー 森大騎の弟)という友人がいるんです。自動車会社に就職したのですけど、それを辞めて自分で映像撮り始めて。オーストラリアから一時帰国した時に「俺は別に撮りたくない、撮るのは好きじゃない」って、言っていて。
「じゃ、何でやっているの?」と聞いたら「俺はタイキと嵐が上手くなるために撮りたいんだ」って。同級生にそんなこと言われるのもビックリでしたけど、まさかの親でもない人にそんなこと言われると思わってもいなかったから。
それ言われた時に「俺、悩んでいる場合じゃないな」って正直思って。会社辞めて、自分の安定を捨てて、自分の友達に夢を託すっていうか。自分の為に人生賭けてくれるという決断してくれたのに、「俺はただ負けたことに何を悩んでいるんだ」って。そんなことで考えている場合じゃないって思いました。
今まで自分のサーフィン人生は上手く進み過ぎていたんですよね。JPSAやジュニアの優勝とか。考え直すと自分が勝っている時は、実はみんなが負けていたわけで。それで、今は自分が負けていて、みんなが勝っているだけのこと。別に何もそんなに考え込むことはないんじゃないかって。
サーフィンを何でやっているかと言えば、楽しいから始めたわけで。楽しいという感情を持ってサーフィンして、自分は上手くなってきたんですよね。だったら、協力してくれる人に対して勝ち負けじゃなく、その応援して良かったと思ってもらえるような活動を送っていけば良いのだというのに気付いたんです。
もちろん、結果も大切ですけど、みんな別にその結果だけを求めているのではないと思えるようになって。くよくよ考えるのを止めてサーフィンするようになったら、もう一度、試合に出てみようかなって思えるようになったんです。
試合は元から好きでしたし、その後押しを親友がしてくれたっていうのがあったから。だったら、今、思いっきりやるしかないって。今シーズン、リタイヤせずに済んだのは親友のおかげです。
葛藤があったんだね。でも、伊豆で怪我したでしょ。やっとメンタルが整って来た中での怪我は辛くなかったの?
それまでサーフィンの調子が良かったから、伊豆の大会は自信がありました。それで怪我をしてしまって。何をやってんだって、その夜は落ち込みました。悔しさが強かったですね。みんなの気持ちに応えたかったですから。でも、考え込んで治るならとことん考えますけど、考えても怪我自体は治らないじゃないですか。ならば、もう気持ちを切り替えようと。ここで何か違う発見もできるし、これを機会に、例えばサーフィンしている時間以外にやることに目を向けてみようって思いました。
これもタイミングなんでしょうけど、ちょうど試合前に「嫌われる勇気」という本に出会って。心理学の本で「アドラーの法則」というメンタルトレーニングの本なんですけど。
今までこんなにやっているのに何で勝てないんだろうって。これって「原因論」の考え方なんですけど。自分がここでやっていなかったら勝ってなかったのか、やっていたら勝てるのか、という考え方を持つこと自体おかしいという内容で。自分はトレーニングやっているのに何で勝てないんだろうって。この勝てない理由をただ自分は勝手にこじつけていただけなのではないか。そういう考え方はネガティブな考えだっていうことを気付かせてくれました。
この本のおかげで、気持ちが軽くなったというか。怪我して良い事はないですけど、それで違う部分で勉強になったから。知らないことも知る事ができたし。怪我はしたくなかったけど、そんなに悔やむっていう思いはなくなりました。部分的なトレーニングが出来たりとか、身体のケアーがいつもよりできるようになったりとか。もちろん、怪我について協力してくれる勝浦整形の先生たちのありがたさもわかることできたし。
サーフィンだけが人生のすべてじゃないということもそうですけど。プロとしてやるからには違う感性を磨くのも必要だと思えるようになったことが収穫です。今まで気付かなかった身体の部分を知ることができるようになったりとか、怪我を機にまたパワーアップできる機会にも恵まれたという考えになりましたね。
今までの考え方と大きく変わったね。
そうですね。でも、実は大会(伊豆)から帰って、父から「何をやってんだ」と言われた時は、すごく嫌でした。父はサポ−ターとしていつも応援してくれていたから、「結果を出して欲しかった」ということだったんでしょうけど。自分は怪我をしてしまったからこそ、今、何ができるのかというのを考えて、前向きな気持ちで千葉に戻って来たのに、こういうことを言われたので。
それに対して悔しい思いもありましたから。そういう発言もわかるけど自分はすごく嫌だって、母に伝えたら、母も父の言い分もすごくわかるし、自分の言っていることもわかるって。そこで、この本を両親にも読んでもらったんです。
今、何を言ったって怪我が治るわけでもなく、確かに発言はネガティブなことだったと理解してくれて。これもそういうことなのですけど、自分が怪我をしていなかったら、両親もこの本を読めなかったし、その考えにも気付けていなかったと思うとこれも良かったのかなって。
例えば、怪我した時に何ができるか考えようとしても、怪我していない時に考えても、すぐ忘れちゃうじゃないですか。でも、怪我している時にそれを思えば、今回の怪我も学べるし、もし、次にまた怪我をしたら、また違うことができるっていうように思えるんです。その違うことに時間を当てられるっていう考え方を持てたというのが、今回の怪我で得られたことですね。
ポジティブだねー!
親にも言われました(笑)。変わらざるを得なかったというのが正直言った感想ですけど。でも、今回の怪我をしている間にいろいろなことができました。年間の2/3を海外にいて、家族との時間も全然過ごせていなくて。まともに一緒にご飯すら食べられていなくて、この機会に良く話せたし、自分の考えも変わったということも伝えられたから良かったです。
自分がポジティブになっているのに、前と同じ様な事を言われるとやはり反応してしまいますから。まぁー、誰もが黙る結果を出すのが一番カッコいいんですけどね(笑)。でも、今は怪我でそれが出来ない状況なので、絶好調の時だと変えるのが難しいマインドを変えて、「基礎からポジティブにして今出来る事をしよう!」という新しい考え方になりました。最高のサポーターに自分を伝える事が出来て分かり合えたのがすごく良かったし、ちょうどジュニアの自分から大人の自分への考えを変える必要があったタイミングだったのかもしれません。
自分は勝てないことより、回りからダサく思われることが、嫌なだけなんだってわかったんです。
そうか。普通なら落ち込むところだけど、すごく表情が良い理由はそういう心境の変化だったんだね。
もう、いいかなって。別にカッコつける必要ないし。その本には人間の一番の悩みは対人関係だって書いてあって。確かにすべてにおいて対人じゃないですか。失敗するのを見られて恥ずかしかったり、話すのに気まずかったり。それがなければ人間は悩みがないんだっていうのを読んだ時に、自分の悩みはいったい何だろうって考えて。自分は勝てないことより回りからダサく思われることが、ただ嫌なだけなんだってわかったんです。
で、それって結局、人を気にしているということで。人がする自分に対しての評価なんて、自分がどうこうできる問題ではないじゃないですか。家族でもないし、一緒に住んだこともないのに、知らない人の評価を気にするのって、どうなんだろうって。自分も勝手に芸能人を、この人好きだ、嫌いだって。それって勝手な思い込みじゃないですか。それを気にしてどうするんだって。だったら、別に評価を気にしないで、自分は自分だっていうっていうように思えるようにしようと。
心の余裕ができたんだね。
その本はすごく良かったですね。ちょうどタイミング的に良かった。それで変われました。たぶん、この本に会ってなかったら、今でも落ち込んでいたかもしれません。回りもすごく心配してくれる人が多くて、直にその言葉を聞けると頑張ろうと素直に思えるし。やはり期待に応えると喜んでくれるじゃないですか。すべてが楽しくできたら理想ですけど、楽しいからサーフィン始めたというのを改めて思い出させてくれたのが今回の出来事でした。
怪我を治すことが先決だけど、何か他にやろうとしていることはある?
今まで自分の苦手とする弱い部分は知っていたので、その部分についてはトレーニングやっていたんですけど、今回の怪我で足首が固いことに気付けたので、まずはそこからです。ストレッチとかについてはあまり深くやってこなかったので、そこも始めようと思っています。身体全体についてもっとケアーをしなけれればという考えになれたことに感謝ですね。
アスリートにとって怪我は良くはないですけど。このタイミングでそれに気付けて、これから戦っていくのと、今後、気付くのでは大きな違いがあると思うんですよね。早く気付けたのは良いのかなって。年を取れば怪我が治るのも時間がかかるし、今回は怪我を無駄にしないようにできたかなって思います。
今年、後半の予定はどうするつもり?
ASPのポイントが欲しいですね。世界ランク120位以内に入らないとプライムに出られないんですよ。なので、フランス、ヴァージニア、スペイン戦と廻りたかったんですけど、今は怪我の治り具合で考えています。力を100%出せないと自分も楽しくないし、行くからには勝ちたいですから。
80%で無理して行くんだったら、行かないって決めました。前までの自分だったらあり得ないですけど。怪我しても出ていましたからね。単に試合に出たいという、感情のコントロールもできていなかったし、とりあえずサーフィンできるからいいやって。
試合に出たいから出るんだって単純に思っていましたから。今、考えると、すごく無理している部分も多かったと思います。今後に備えて怪我が響かないように完璧に治すのもプロの仕事だよ、とみんなにも言われて。中途半端な状態では世界を廻ることは止めようと思っています。
今年、海外にいつ出られるかまだわからないですけど、今はその下地だけは作ろうと。それは怪我していても作れるし、自分のサーフィンを一から見つめ直すことができるチャンスだとも思うので。この日本にいる時間が、来年の進化のために準備だと思えるし。まずはその部分を強化していきたいなって思います。
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加藤嵐。
21歳。
幼い頃からその才能に注目が集まり、早くからコンペの世界に。
2009年にNSAでジュニアチャンピオンになると、16歳の時にプロに転向。
JPSAでは2010年にルーキーオブザイヤーを獲り、2011年には初優勝を飾る。
2013年にはランキングを3位まで上げ、ASPでは世界ジュニアに5年連続日本代表に選出。
海外でフィジカルトレーニングも重ね、世界を目指すための活動を本格化した。
ジュニア卒業後、満を持してスタートした今期。
思うような戦い方が出来ず、敗北の連続。
手応えを感じていたからの絶望感に戸惑う日々が続く。
フィジカル、メンタルはとてもストイック。
結果を残す事を第一に考えてやって来た。
それは自分の夢であるとともに、みんなのためであると。
一時は休業する覚悟もあった。
自分を見失いそうになった時、出会った親友の言葉と一冊の本。
そこで改めてわかった自分の弱い部分。
人からダサイ、カッコ悪いと思われることが嫌だという自意識。
それを認めるのが嫌で、言い訳をして逃げていたこと。
それは自信が無いことの裏返しだとも気付いた。
等身大の言葉がここにある。
今回、ありのままを語ってくれた。
自分の性格だけでなく、弱い部分も隠さずさらけ出してくれた。
その弱さを認めることで、たどり着いた結論。
壁を乗り越えるのは自身の力で。
そして、「全てに全力でいく!」という言葉。
もう心配はいらない。
今、嵐は自分の道を歩き始めた。
これからの活躍を見守りたい。
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・スポンサー
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・ 「加藤嵐」オフィシャルブログ
※DVD 「SLB」(mori brothers productions)
森千晃が制作。ショートボード 加藤嵐、ロングボード 森大騎、ボディーボード 榎戸崇人の3人をフューチャーした最新作。