鈴木彩加インタビュー。妊娠・出産を経てパイプラインで4度目の優勝! 挑戦の結果として達成した歴史的快挙

シーズンの終わりが近づくと、ボディボーダーたちがノースショアで次々とゴーイングオフする。これは最近のノースショアで見られる典型的なパターンだ。世界中から多くのボディボーダーが集まり、パイプのリップで力強く弾け飛ぶ。

しかし、これまで「飛ぶのはメンズオンリー」という常識を打ち破ったのが鈴木彩加だ。彼女は他のレディースボーダーたちを圧倒的な実力で引き離し、その差を鮮やかに見せつけている。

 

interview:Emiko Cohen

 

◆母という新たなステージの第一歩で手にした優勝

 

photo:@ayakoancheta

 

「決勝ヒートが終わっていなかったんですが、リードしているのを感じて、もう勝てると確信した瞬間、思わず涙がこぼれました。浜に上がると、旦那さんが迎えてくれて、胸がいっぱいで涙が止まらなかったんです。これまでの優勝とは全く違って、母になった今だからこそ感じるこの優勝の重み。心から嬉しくて、今までのどの勝利よりも特別に感じました。」

 

ファイナル終了後、マッキーと勝利の嬉しさを分かち合う彩加

 

妊娠後、体力が恐ろしいほど減っていることを実感。前向きに、前向きに、それが復活への道のりだった。

 

「産んですぐに医者の許可が出たその日に海に入った時、身体がふにゃふにゃで沖に出るのもままならず、その時も思わず泣いてしまいました。(旦那の)マッキー@mack_crilleyは『産んだばかりだから仕方ないよ、大丈夫だよ』と慰めてくれました。

 

3ヶ月後に大会に出た時も、まだ自分の力を十分に発揮できず、2位に終わりました。睡眠もままならない子育て中ですが、改めて体作りをゆっくり始め、この大会を目標にできるだけ毎日海に入ることをコツコツ続けてきました。」

 

鈴木彩加 photo:gordinho

 

それにしても、産後12ヶ月で世界トップに立つのは異例の快挙だ。妊娠中のアスリートに対する認識が薄い日本にいたら、実現できなかったかもしれない。

 

「ハワイでは、周りの妊婦たちも普通にこれまでやってきたことを続けているので、私も特に抵抗なく続けられました。もともと妊娠してもやりたいと思っていたので、全然気にせず続けていました。体力的には、やはりすごく眠くて、1ヶ月間試合でメキシコに滞在していた時も、波は良かったけれど、自分の出番以外はほとんど寝てました。

 

鈴木彩加にインタビューするエミコさん photo:gordinho

 

日本だと、妊婦が波乗りをすることに過剰に心配する人が多いと思いますが、ハワイでは逆に、妊婦が波乗りしていると、みんな優しくしてくれて、波を譲ってもらえることもありました。ここまで来られたのは、やはり良い環境のおかげだと感じています。それにしても、女性は本当にすごいです。

 

今回も、前の晩にマナちゃんに何度も起こされて、ほとんど寝られなかったのに、全然大丈夫でした。マナちゃんができてからは、ますます体力がついたように感じます。産んでから、女性へのリスペクトが100倍くらい膨れました。」

 

 

◆勝つための環境づくり~勝てなかった時代からの成長~

 

パイプで得意のエアーを決める彩加 @pomaihoapili

 

「実は私、日本でやっていた時は全然勝てなかったんです。15歳の時、初めてプロの大会に出て、最初の大会で優勝したんですが、それから5年間は全然勝てなくて…。環境もあったと思います。

 

湘南の波は小さいし、千葉の選手たちは毎日練習できるので、技術的にも国内では足りていなかったんだと思います。卒業を機に、「このまま勝てないなら世界ツアーを回ってみよう」と思ったんです。

 

そして、世界ツアーを回ってみたら、やっぱり世界の舞台が楽しいと感じました。挑戦するなら、もっとレベルの高いところでやりたいと思って、それからツアーを回り始めたんです。」

 

 

世界に出て直面したのは、体力のなさだった。鍛えられた他の選手たちと比べて、自分の弱さを痛感した彼女は、陸上のトレーニングも始めることにした。

 

 

「私、最初は本当にヒヨヒヨだったんですよ。すごく弱っちくて、体力も筋力も全然なくて、大会でも他の選手に比べてアウトに出るのが遅かったりしてたんです。そんな状態で世界ツアーに出たら、さらに自分の弱さを痛感しました。それで、ジムに通い始めたんです。」

 

 

ナザレで日本初の世界チャンピオンを獲得した

 

2015年から2018年の世界チャンピオンに輝くまでの間、帰国時に週に2度、コーチからトレーニングを受けるというルーティンが、彼女を結果的に世界レベルに引き上げる大きな要因となった。

 

「フィジカルだけではなく、メンタルのトレーニングも受けるようになり、試合の80%はメンタルだということに気づかされました。それまで、自分がいかにネガティブだったかも知りました。特にメンタルの部分は、日々の努力が反映されるので、コーチとの出会いをきっかけに、心の持ちようが大きく変わりました。」

 

そんなトレーニングの結果、生まれた勝つためのルーティン。確保するためには、時には人との距離をぐんと取ることもある。家族であっても。

 

「私、試合自体は好きじゃないというか、今回の大会でも準決勝に逃げたいと思ったくらいで(笑)。勝つためのルーティンを淡々とこなしていました。全然楽しくないんですよ。人に優しくしていたら勝てないし、すごく自分勝手に、その日やらないと勝てない。他の人と少し距離を取って、自分の世界に入ります。

 

話しかけられるとどうしても、相手にきちんと対応しなければと思ってしまうので、音楽は流さなくても、ヘッドホンをつけていたり。そうすれば誰も話しかけてきませんから。大会では、母に12ヶ月の娘を見てもらっていましたが、試合前は集中したいので、遠くの場所で遊んでもらいました。」

 

 

◆世界はエネルギーを高め合う場所

 

巨大なパイプにチャージを見せた鈴木彩加 @isis.frames

 

与えられた唯一の「自分」という身体と、そこから湧き上がる心の動き。その唯一無二のものを、どこに置けば最大の力を発揮できるかを、子供の頃から自然と判断できる力があったこと。それこそが彼女の最大の武器だ。

 

「日本で育っていた時、固定観念に縛られるのは私、合わなかったんです。真面目に勉強はしていましたが、小さい頃から何か違うなと感じていました。伸びたいのに型にはめられてしまうような感じで。

 

国内でボディボードのプロのコーチングを受けたこともありましたが、そのコーチが提供できるのは、彼女自身が知っていることだけで、生徒たちはみんな似たようなライディングをしていた。それを見て、私の居場所じゃないなと思いました。」

 

勝っても負けても人からアドバイス的な言葉を押し付けられる日本を出た後、海外の選手たちに「君のそれが良い」という言葉。自分をまず認めてもらえた事が結果を出していく為の種になった。

 

「世界のフリーダムな感じが自分には合っていました。『自分は自分でいいんだよ』みたいなスタイルの方がやりやすかったです。みんながそれぞれの個性を認め、技術や結果をさておき、選手同士がリスペクトし合っている感じで。『そのスタイルいいじゃん、かっこいいじゃん』っとか貶す事なく褒め合う。

 

だからみんな『俺は俺でいいんだぜ』みたいな雰囲気です。波乗りだけではなく生活全般そんな感じかもしれません。そんな環境の中だから自分はパフォーマンスが伸ばせたんだと思います。」

 

 

◆新たな章の始まり — 家族と共に

 

彩加、まなちゃんを抱いたお母さん、マッキー

 

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小さい頃からボディボードに親しんできた鈴木彩加は、一度リセットをかけた後、今後は世界のトップランクボーダーであるマッキー(Mack Crilley)と共に「家族」という単位で迎える新たな章に向け、前向きな目標を掲げている。

 

「やっぱり波の上で一番うまいのは現状、メンズですからね。目指すはメンズに並ぶようなライディングですね。週に3回、サーフレッスン講師として働いていて、他の日は波乗りができるんですよね。

 

マナ(赤ちゃん)がまだ小さいから、順番に入る形なんですが、朝の良い波の時間を交代で行く感じで、私も彼も同等に波乗りできるシステムが出来ています。母もボディボードを楽しんでいて、マナちゃんも海がすでに大好きで。これからもみんなで海を楽しんでいけたらと思っています。」

 

「個々の内面が喜んでいれば、その余波が周囲にも幸せを広げる」—ハワイの哲学者が語る「ポノ」の意味。それをボディボードを通して学び、家族の健康と幸せを支えに新たな舞台に挑む鈴木彩加。彼女の挑戦は、まだまだ続く。