新・日本のサーフィンとジュニアの未来。WSLアジア・ランキングの上位から日本人選手の名前が消えた理由。

堀口真平氏、田嶋鉄兵氏、田中樹氏

 

写真、文:山本貞彦

WSLの2022年度ジュニアチャンピオンを決める大会「World Junior Championships(WJC)」。2019年以来、3年ぶりにアメリカはカリフォルニアのサンディエゴ、カーディフリーフで開催された。

 

2019年には都筑有夢路が、このWJC大会で日本人選手として初優勝。翌年はコロナ禍でWSL自体のツアーが休止されるも、2021年にCTへクォリファイしたことは、日本のサーフィン界にとっても、エポックメイキングな出来事でもあった。

 

 

カーディフの大会会場

 

今大会を開催にするにあたり、WSLインターナショナルはコロナ禍で無くした2年をカバーするため、年齢制限を2年延長することを決定。これでジュニアの年齢制限は18歳から20歳までに変更された。

 

アジアのジュニアツアーで日本人選手が参加できたのは、千葉、御前崎、南房総の3戦。これにインドネシアでクルイ、二アスの2戦を加え、合計5戦。ベスト3の獲得ポイント合計で、男女ともランキング上位2名が代表となる。

 

都築虹帆、岩見天獅、脇田紗良、田中樹コーチ

 

男子のアジアランキング1位は、インドネシア在住のKian Martin (SWE)。2位が岩見天獅。女子は1位が松岡亜音、2位は都築虹帆。これに昨年のCS(チャレンジャーシリーズ)でジュニアの最高位だった脇田紗良が、インターからのワイルドカードで選出され、日本人選手は合計4人となった。

 

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日本代表の人数がこれまでより大幅に減ったが、これには理由がある。まずは大会人数の縮小から代表枠が減ったこと。今まで男子36名、女子18名だったものが、男女とも24人(世界7リージョナルから男女各2名+ワイルドカード男女各10名)になった。

 

そして、一番の理由は、同じアジアリージョナルのインドネシアの台頭。現に男子の1位はKianに持っていかれている。これはオリンピックを契機に代表になり、CT選手となった和井田理央の功績だろう。これで国が選手育成に大きく舵を切った。

 

 

昨年からインドネシアでは、グレイドの高いQS大会も開催。地力に優るインドネシアの選手は、自国でポイントを稼ぐだけでなく、ツアーを回るサポートも手に入れた。これがアジアランキングの上位から日本人選手の名前が消えた大きな原因だ。

 

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9位の脇田紗良

 

大会結果は脇田紗良が、日本人最高位の9位。初参戦となったのは岩見天獅、松岡亜音、都築虹帆の3人。全員が緊張からなのか、普段の力を全く出せずにラウンド2で姿を消し、揃って17位という成績で終わった。

 

この結果をどう見るか。JJP(ジャパンジュニアプロジェクト)専属コーチであり、元JPSAグランドチャンピオンの田中樹氏は、今大会を振り返ってこう語る。

 

田中樹

 

実力として勝てなくはないが、今のままでは勝つのは難しい。田中樹

 

田中樹 ー 緊張したとかとのことですが、波に乗れないっていうような感じではなかったですね。でも、結果、勝てなかった。根本的に攻めが足らないだけですね。挑戦するって意味で、(WJCは)初めてなのだから、 もっと攻めるべきですね。

 

残念だったのは、攻めてコケてるならわかるんです。でも、合わせにいってコケてるよう じゃ、その時点で ダメ。その後の色々なリズムが狂ったりして流れが変わる事があるので。大切なのは、乗ってからフィニッ シュまでのラインを瞬時にイメ ージすること。だから、前もってある程度の組み立てが、試合では必要なんです。

 

乗る前に、ある程度のマニューバーの構成だとかを考えること。試合ではそれを2本揃え ないと勝てないで す。自分が今できることをしっかり、どんな状況でも出せることが求め られていると思います。

 

ただ、昔みたいにサーフィンのスキルが劣っているから勝てなかった、ということではありません。今の日本人選手にその差は無いと思います。もちろん、世界とのレベルはあるにしても、実力として勝てなくはないと思います。でも、今のままでは勝つのは難しい。

 

 

また、元WSL日本チャンピオン、元JPSAグランドチャンピオンでもある田嶋鉄兵氏。現在、アメリカで資格を獲得、トレーナーとして独立。ハワイでフィジカルトレーニングを行っている田嶋氏は、日本人選手の足りない部分をこう指摘する。

 

 

田嶋鉄兵

 

筋肉の量と可動域。これが日本人はどちらも劣っている。田嶋鉄兵

 

田嶋鉄兵 ー 日本人選手のコンペの歴史は、QSに出始めた世代、我々が先輩に教えてもらって、それを継承してQSに出ることを定着させた世代。さらに、今の子たちはCTに入れるか、入れないかという世代にまで成長していると思います。

その中で僕が見て足りないと思うのは、圧倒的にメンタルとフィジカル。やはり、同じ日本人としてカノア(五十嵐)を見ていても思うんですけど、フィジカルの強さに圧倒的な差があると思います。

体つきを見てもそうだし、ただ単にデカいだけじゃないんです。トレーニングの内容を見ても、ちゃんとフィジカルアップのトレーニングをしている。

監督可動域というのがあって、筋肉を動かす部分が大切で。ただ筋肉をつければ良いわけではないんですね。筋肉の量と可動域。これが日本人はどちらも劣っている。

でも、ここは自分の努力で埋められる部分なんですよ。だから、そこをしっかり埋められるようなメンタルと真面目さがまず必須。その継続できる力が、今の子たちには絶対に必要だと思います。

 

 

今大会の会場は、リーフでインサイドはビーチというポイント。期間中、低気圧がハリケーン並みに発達したことで、波のサイズは4-6フィート、大きい時で6-8フィートまでアップ。流れも入り、ハードなコンディションでの戦いとなった。

 

 

その場にいて経験している選手が少ないのが、大きな理由

 

田中樹 ー 朝、あの大きい波のサイズの時に、外人選手はステップアップに乗っていました。1インチか、2インチか。長いから見て、すぐわかりました。でも、日本人はショートボードで戦った。もちろん、長い方で乗ることを勧めましたが、しっくりこないと言うな ら普段の板の選択もやむを得ない。それは、本人が最終で判断することですから。

 

ただ、短いとパドルも板も引っかからない。プライオリティ持っていても、中に入り込ま れたら、乗られてしまいますから。結果、後手後手になってしまいました。

 

日本人選手には、ステップアップを乗る、そういう習慣がない。そういう準備がないんですよね。日本人の若い子は特に。わかっていないわけじゃないんです。経験が足らんない んですよね。その場にいて経験している選手が少ないのが、大きな理由だと思います。

 

 

また、先日の「BDSO(バックドアシュートアウト)」で、日本チームを牽引した堀口真平氏。日本を代表するビッグウェーバーで、ハワイの波を熟知しているだけでなく、そこで波に乗ることの意義を教えてくれる堀口氏は、単に準備不足だけではない。やはり、経験不足が日本人選手にとっては、大きな問題だと語る。

 

堀口真平

日本人選手に足りないのは外の環境に関して、あまり真剣に考えていないこと。堀口真平

 

堀口真平 ー すごく外(ハワイ)から見ていて思うのは、志田にこもってちゃダメだと思います。いろんなところに行って、いろんな波に乗ること。いつも同じ場所で、天狗になっているようじゃダメだと思います。

 

いろんな波を経験すること。ハワイを例に上げれば、リーフブレイクですから。ウネリの向きで多少、変わるにしても、(波のブレイクは)変わらないわけですよね。そこの波を乗るにはどうしたら良いか。

 

それは、ブレイクするポイントで待つこと。では、そのポジションで待つにはどうするかと言えば、それは現場にいて、その空気に馴染むということがとても大事なことで。言葉の問題もありますけど、そこは言葉もいらない世界になりますから。

 

日本人選手に足りないのは外の環境に関して、あまり真剣に考えていないことが問題だと思います。

 

田嶋鉄兵氏も、経験を増やすために海外にも積極的に出ることが必要だと、WJCの試合やハワイでの日本人選手を例に上げて、こう説明する。

 

 

外人に揉まれてフリーサーフィンやって、試合もやっていると、メンタルが自然につく。

 

 

田嶋鉄兵 ー 自分が今回、WJCを見てて思ったのは、やはりどの選手もヒートで80%は出しているんですよ。特にマンオンマンに入っての試合で、Eli Hanneman(HAW)とLevi Slawson(USA)の対戦。

どれだけEli が最初にリードしても、Levi は必ずその裏の波で、あの状況でも9点を出して、それで2本目も揃えてくる。あれだけリードされていても、最後にスコア出してひっくり返す。

それができる日本人って誰がいるかなって。そうなるとハワイ育ちの脇田兄妹。泰地を見ていると、どこで入っていても一番良いところにいる。例えば、ロッキーに入っていてもそのメンツで、その波に行くんだって。

そういうのを見ていると、やはり海外で外人がまわりに当たり前のようにいて、外人に揉まれてフリーサーフィンやって、試合もやっていると、それだけメンタルが自然につくのかなって。それが当たり前の標準装備になる。カノアや和井田理央がクォリファイした理由の一つには、それもあると思います。

 

日本人選手の足りないのは、語学含め外国、外人に対しての慣れ、経験だ。外の環境に身を置くというのは、こういうことも含まれる。一つの環境でトレーニングをすることを否定しているわけではない。ただ、そこをベースにして構わないけど、だからこそ、いろんな海外を含め、いろんな波にトライすることが大切だ。

 

例え、スキルが上がり、メンタルを鍛えたとしても、その試合会場となるポイントの波を理解していないと勝つことはできない。波選びが試合では、最も重要になる。環境に身を置くというのは、そういうことも含めて学ぶ機会となるのだ。いろんなポイントでサーフィンすることが、ジュニアには必要なことだとコーチの3人は言う。

 

そして、一番大事なこと。それはこの競技であるサーフィンは、勝ち負けがあるコンペティションだということ。その日の波の状況がどうであれ、その勝敗の判断はジャッジが決める。

 

 

自分がどう思うかじゃなくて、ジャッジはどんなサーフィンを評価するのかを考える。

 

田嶋鉄兵氏、堀口真平氏、田中樹氏

 

田中樹 ー やはり、コンペって見栄えなんです。第三者のジャッジが評価をつけるもの なので。だから。 ジャッジがつける良いか悪いかの判断で、自分の感覚は一切必要ないです。

 

アムちゃん(都筑有夢路)が強くなったのは、すごくシンプルでそこです。そこを意識して変えたこと。ブラジルでアムちゃんには「自分がどう思うかじゃなくて、ジャッジはどんなサーフィンを評価するのか」と言っていました。そこは、自分もずっとコンペする中で、一番シンプルに試合を勝つ為に必要なことだと思います。

 

試合の時に、ジャッジが良いと思ったものをやるだけなんです。例え、自分の感触が気持ち悪いこともあっ たとしても、点数が出れば、それが正解なんですから。

 

ただ、ジュニア選手、十代ぐらいだと難しいかもしれません。気持ち良いサーフィンをしたいじゃないですか。それで勝ちたいという欲求も強いだろうし。でも、それも間違いではないですけど…。

 

ただ、どんなにサーフィンのスキルが上がろうが、メンタルが強くなろうが、試合の勝敗はジャッジが決める。ジャッジにウケるサーフィンとは何か。ジャッジが何を求めているのか。そこを理解しないといけないと堀口真平氏もこう説明する。

 

点をつけてもらうために乗ることを忘れてはいけない

 

堀口真平 ー( 試合は)自分がサーフィン楽しいじゃなくて、ジャッジという言葉通り、点をつけてもらうために乗るのだから。サーフィンという大きな括りの中で、大会、試合というのはゲーム、駆け引きなんです。

1点と1.1点だったら、1.1が勝ちなんですから。だから、0.1点でも多く点を取ること。自分がサーフィン楽しいじゃなくて、ジャッジという言葉通り、点をつけてもらうために乗ることを忘れてはいけないと思います。

 

 

WJCを優勝すれば、CSへのワイルドカードがゲットできる。では、優勝するためにやっておくべきことは何か。WSLでの自分のランキングを少しでも上げることだと田中樹氏は言う。

 

ジュニアツアーで上位2名に入ることも大前提だが、QSからCSを目指し、さらにCSで上位に入ること。そうすれば自ずとシードも上がり、ヒート組で強い選手との対戦は避けられる。勝ち抜くチャンスが増えれば、当然、優勝の目は出てくるからだ。

 

普段からのQSで勝って、CSに挑戦することも大事

 

田中樹 ー シンプルに20歳以下がCSに出ていれば、WJCのワイルドカードはCSから拾える確率も高くなるじゃないですか。結局、今回の上位の子たちは全員がCS回っていた選手なんです。

 

実際にそういうところで回っていると、やはり強くなるんですよね。そこで勝つことができなかったとしても。だから、普段からのQSで勝って、CSに挑戦することも大事だと思います。

 

だから、ジュニアの試合だけでなく、アジアリージョナル国内外のQSの大会も視野に入れることだと言う。クォリファイを目標に思っているなら、なおさらだ。同世代のジュニアにだけ勝つのではなく、その先の世代との戦いを見据えること。

 

フィジカル、メンタル、タクティクス、エキップメントの4つにスキル。それに試合での攻める姿勢や気持ち強さなど。学ばなければならないことは多岐にわたると田中樹氏は続ける。

 

 

田中樹 ー 個々の選手によって課題が違うと思うんすけど。大事なのはちゃんと自分の弱点を知っていること。それがわかれば、成長は早いです。

 

ただ、経験はもちろん、試合に勝つために、スキルを上げる。スキルを上げることはどういうことなのかっていうことを、もう少しよく考えてほしいですね。

 

ただ上手くなるために、メンタルも強くするじゃないということ。そのメンタルを強くするために、どうするかっていうことを考えないといけない。その思考が、日本人選手にはまだ足らないと思います。

 

やることはたくさんあります。だから、逆算してあと何年で何をしたいのか。どう在りたいのか。目標を決めてやってくことが、まず必要です。その上で、どういう環境に身を置くか、そこが大切となります。

 

 

南房総プロジュニア Kian Martin、金沢呂偉、平原颯馬、岩見天獅

 

 

日本優位の時代は終わった。

 

現在の日本の実力はアジア各国の台頭で、女子選手はまだ日本が上位をキープするものの、全体的には日本優位の時代は終わったと言えるだろう。さらに日本のジュニアは世代交代の時期に入っていることで、その経験不足は現実のものとなった。

 

選手にとって、今回のWJCの結果は望んだものではなかった。しかし、それでも選手なりに最大限の準備をしてきたことは間違いない。ただ、それが想定を上回ったことで、対応ができなかったというのが現実だ。ただ、ここで自分の足りないもの知ることはできた。

 

脇田紗良も今シーズンは体調を崩したことが、不調に繋がった。すべての歯車が狂い、成績も低下した。ただ、救いなのいはWJCで解決する糸口を見つけて、立て直すきっかけを掴んだこと。自分自身で乗り越えた苦難は、必ずや自信となることだろう。

 

今回、田中樹氏、田嶋鉄兵氏、堀口真平氏がアドバイスをくれたこと。選手が漠然としたイメージの中で戦っている問題を、それぞれの立場からわかりやすく解説してくれた。共通認識となるのは、日本人選手の経験不足。そして、選手の環境についての指摘だった。

 

彼らも世界を個人で戦ってきた世代。だからこそ、選手の気持ちがわかる。今の選手の頑張りを見ているからこそ、応援したいと思っている。日本人選手の実力が上がっている今こそ、トップへ駆け上がる近道になればと助言してくれた。

 

 

WSLアジア女子QSランキング

WSLアジア男子QSランキング

WSLアジア女子ジュニアランキング

WSLアジア男子ジュニアランキング

 

 

世界へ出るための戦いは、個人だけで行えるものなのだろうか?

 

ここで改めて気づいた問題。世界へ出るための戦いは、本当に個人だけで行えるものなのだろうか?実際、選手自身が費やすお金の出所は、スポンサーや賞金からがほとんど。足りない分は身銭を切って、世界を回っているが現状だ。

 

それはサーフィンが、元々、パーソナルなものだからという理由からなのだろう。お金だけでなく、技術向上のためのトレーニングや語学など。自分の自己実現のために努力すること。これは確かにパーソナルなものだ。

 

しかし、選手が学ぶフィジカル、メンタル、タクティクス、エキップメント。そしてスキルを上げること。全てジュニア選手個人で行うには限界がある。この負担を個人任せで、日本の選手強化が本当にできるのだろうか?

 

それならば、今あるメーカーのサポートだけでなく、選手個人に寄り添ったサポートを協会なども協力してやっていくことはできないか。そのための適材適所。田中氏、田嶋氏、堀口氏のようなエキスパートから教えを乞うようなシステムがあったら、資金難の選手でも指導を受けることができるはずだ。

 

日本人選手の強化は、待った無しだ。モラトリアムで場当たり的なジュニア選手だからこそ、基本となるコーチングが必要だ。「選手ファースト」を尊重するならば、協会などがそのブレーンと連携を組むことも、選手育成の一つの選択肢になるのではないかと自分は考える。

 

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田中樹:1983年生 / サーフィン歴 30年
「IZUKI SURF CLUB」
https://izukisurfclub.com/

田嶋鉄兵:1984年生 / サーフィン歴 29年
「TEPPEI TAJIMA SURF EXPERIENCE」
http://teppei-tajima.com/

堀口真平:1982年生 / サーフィン歴 34年
「SHINPEI’S SCHOOL OF SEA」
https://shinpei-hawaii.com/