都筑有夢路、もう一つの真実。サイドストーリー /鈴木一弘トレーナーが考える、アムロの強さの秘密。

前回のインタビューから2ヶ月。未だWSLの世界大会は開催されず、その成果を発揮できない状態が続く。ここでは改めて、都筑有夢路がなぜクォリファイができたのか。未知数である力に隠された秘密は、何なのか。フィジカルトレーナーをしている鈴木一弘先生から改めて話を聞いた。

 

取材、写真 :山本貞彦

 

 

都筑有夢路

5月の千葉一宮でのQS初優勝

 

昨年、クォリファイを決めた都筑有夢路。そのポイントなるベスト5の試合を見ると、9月の優勝したスペイン、10月の3位の日向、11月のオーストラリアの25位と、ポイントとなった大会は後半に集中している。

 

そして、本人もこの大会がターニングポイントと語った、5月の千葉一宮のQS初優勝が自身のベスト3に入っている。この時の波乗りは、今までのスタイルを大きく変わっていた。彼女のサーフィン自体が劇的に変化した試合として、自分も記憶している。

 

この時、この試合に帯同していたのが、フィジカルトレーナーの鈴木一弘先生だった。鈴木先生と都筑家が最初に会ったのは、今から3年前に遡る。最初はアムちゃんの方から声をかけたと言う。初めて会った時の印象を、鈴木先生はこう語る。

 

家族とともにアムロのヒートを見守る鈴木トレーナー

 

地元のプロサーファーを見出して3年ぐらいかな。その時にアムちゃんが「やりたい」って、言ってくれて。でも、接骨院が本業だったし、他の子も見ていたので、大勢は見れなかったんですね。だから、その時は「無理です」って断ったんです。

 

ただ、アムちゃんを見た時、歩いている姿勢や立ち姿勢が気になった。筋肉のバランスが少しおかしいから「毎日、歩幅広げて、40分間ウォーキングするといいよ」って、それだけアドバイスしたんです。

 

そうして、1ヶ月後ぐらいに、たまたま会った時に「1ヶ月間、ウォーキングしました!」と言われて。僕も身体を見ればわかるので(うわっ、この子、ちゃんとやってる)って、驚いたんです。僕があの時、たまたま言った一言を(1ヶ月間、毎日やる子とかいるんだ、凄いなこの子は)って、思ったのが一番初めの印象でした。

 

 

それが3年前の千葉の一宮のQSの試合だった。その時のアムちゃんは、先生の言葉に何の疑問も持たなかった。言われたからやるしかないと、ただただ、ひたすら歩いたそうだ。自分では変わった事は、何も感じられなかったと言うが、先生はこう続ける

 

 

その後、1ヶ月後にイベントではなかったんですけど、志田でたまたま会ったんです。(あっ、バランス良くなってる)って思って。「今、この状態なら、次はこれをやるといいよ」って、言ったんですね。そうしたら、1ヶ月後に会ったら、それもやっていて。その時ですね。(この子、真剣に見ようかな。花咲く気がする)って思ったんですよ。2ヶ月間、僕の言ったことを忘れずに、ちゃんとやるし。それで正式に見ると決めました。

 

 

2017年のJPSAの伊豆の大会で準優勝

 

その成果はすぐに結果に現れた。それまで、なかなか勝てなかったアムちゃんだったが、2017年のJPSAの伊豆の大会で準優勝という結果を手に入れた。鈴木先生の考えはこうだ。

 

 

うちは骨格矯正をしてから、トレーニングをするというのが特色です。まずは骨格の歪みを治す。骨格の位置関係が、少しでもズレたままトレーニング すると、効率良く関節が動かないんです。

 

それが、ある程度の許容範囲の中にあれば、関節は効率良く動きます。効率良く動けば、怪我も少ないですし、パフォーマンスも高くなるんですよね。だから、まず骨格を整えて、トレーニング するということが、僕の中ですごく大切にしています。

 

その上で運動解析なんですけど、パフォーマンスアップという意味では、すごい大事になります。サーファーだったらこうなっていた方が良いって、やはりあるんですね。例えば、筋肉のつき方一つで初動が早くなるとか。

 

ただ、それは一番ベースな解剖学であるような適正な位置から、あまり離れてしまうと今度は違う痛みが出たり、あとは動作の中で、やりにくいものになってしまったりするんです。

 

なので、それをある程度の許容範囲まで矯正して。その矯正した位置を身体で覚えるように、トレーニングメニューを組んでいくんです。アムちゃんは最初にウォーキングからでしたけど、これを取り入れました。

 

 

 

まずは、正確な位置に骨格を矯正して、それから足りないところに筋肉をつけていく。そして、各々の能力を運動解析して、選手に落とし込んでいく。もちろんサーフィンという競技を加味してさらに整える。それが鈴木先生が行うトレーニングだ。

鈴木先生がフィジカルトレーナーを始めたのは、本人がサーフィンをすることもあるが、患者さんの治療で思い悩んだのが、きっかけと語る。

 

 

僕自身が元々、スポーツトレーナーというよりは、最初は治療施術の治療家として、この業界に入って来たんです。患者さんの治療とは、施術して痛みがほとんどない状態にすることなんですね。

 

でも、患者さんに帰ってもらって。また次に来た時、治療している前の状態に戻ってしまっている場合が、かなりあるんです。言ったことを守っていただければ良いんですけど、それが中々できなかったりするんですね。

 

それだったら、治療しながら僕の思い描いた形に、身体を作った状態のところに仕上げて、その状態を忘れないようなトレーニングをすること。筋肉の緊張とかで悪い方にいかないようにしてあげた方が、治るのって早いんじゃないかなって考えたのが、初めのスタートなんです。

 

元々、僕の師匠が運動解析の歩行を解析する方で、日本で第一人者の先生なんですけど、どこの筋肉が無いかとか、この場面でこうなってしまうのはこれが理由だ、というのがわかる方なんです。

 

だから、身体を治すと同時に、パフォーマンスアップのところに、この解析を使っていこうと思ったんですね。各々を解析して、それぞれに合ったメニュー組んでトレーニングすれば、その人がベストな状態プラスαに繋がると思ったんです。

 

 

足腰が強いから、足の力でサーフィンしているように見えますけど、そうじゃないんです。

 

 

運動解析により組まれたトレーニングメニューをこなす日々。これは非常に地味であるとともに、忍耐のいる作業でもある。しかし、鈴木先生が最初に驚いたように、アムちゃんはそれを苦痛だと思っていなかった。

 

それが実際に大きな形となって現れたのが、昨年の千葉の一宮のQSでの初優勝だった。この時のアムちゃんのサーフィンは、他の女子選手と比べものにならないほどパワーが突出していた。この部分について鈴木先生はこう語る。

 

トレーニングのキツさ、上げられる幅って決まっているんですけど、アムちゃんはその幅があるんです。また、それを十分こなすだけの能力がずば抜けてありますね。

 

何よりバランスがいいと思います。一見、足腰が強いから、足の力でサーフィンしているように見えますけど、そうじゃないんです。足の力がいくら強くても、それをフォローする身体全体でのバランスがなかったら、それは使えないんです。

 

結局、全てバランスなんですね。僕はそのバランスが特にアムちゃんは、良いと思っています。例えばですけど、足の踏み方、力の入れ方をこう変えてみようかと言っても、それがすぐにできる。指示されたことをちゃんと理解して、それを効率良く力に変えて、板に伝えることができるんです。

 

 

試合の中で、フィジカルと密接な関係なのはメンタルだ。鈴木先生のところに通って、これも大きな変化があった。週に2、3回のトレーニングは2、3時間かけて行う。さらにメンタルまで含めると5、6時間になることもあると言う。

それは理論的に教えるのではなく、感覚的な要素も多い。アムちゃんが天性の感覚を持っていることもあり、頭で理解させるよりも動きで教える。その方が逆に理解しやすいとアムちゃん自身も言う。

 

 

僕はメンタルコーチの資格も持っています。なので、日々のトレーニングに加えて、メンタルの要素も付け加えています。選手って結構、迷うこととかあったりするので、そういう時は一緒に一から考えを作ったりするんです。

 

僕がやっているのはスポーツメンタルですけど、試合前の考え方とか、気持ちの持っていき方とか。それを普段のトレーニングの中に取り入れるようにして、不安を取り除く作業をしています。

 

僕自身も理論というより感覚タイプなので、アムちゃんには感覚で伝えています。こういう感じで、こうやってごらんみたいな感じで。実際に動作をしながら教えるようにしています。

 

 

目標達成のためのトレーニングを組み立て、メンタル含めた長期計画

 

 

ただ、トレーニングが長くなると弊害もある。それは選手の集中力が無くなること。それは怪我にもつながるので、その部分で選手とのコミュニケーションは欠かせない。まず大事なのは怪我をさせないというのが大前提だ。

そして、その選手の目標を聞いて、選手として活動期間がどのくらい必要なのか。それを考えた上での身体作りと、その目標達成のためのトレーニングを組み立てる。メンタル含めて長期計画で考えると鈴木先生は言う。

 

 

ワールドタイトルを取るために逆算しても、このぐらいは選手生命がなければダメとか。アムちゃんが僕の所に来た時は、QSランキングもまだ下の方でした。ならば、このぐらいの年数でCTにクォリファイして、そこからこの年数があれば、ワールドタイトルが取れるって、逆算したんですね。

 

その逆算分、身体が持たないといけない。来年、再来年がとても良い成績でも、この残りのワールドタイトル取るために、本当に頑張らなければならない時に、その前に息切れしたら、全て台無しになってしまうからです。だから、それを考えた長期的な身体作りが大切なんです。

 

 

 

食事管理についても鈴木先生の考えは非常にフレキシブルだ。特に若年層は成長期ということもあり、極端なものは避けたいのが本音。しかし、一般的にはアスリートの食事制限は厳しいものがある。その部分についてはこう語る。

 

そこもバランスだと思うんです。ワールドタイトルを取るためには、メンタルもバランスが大事です。アムちゃんの食事については、今はパーフェクトではないと正直、思っています。でも、これってパーフェクトにするのって、逆にあまり良くないとも思っています。

 

もちろん、身体は食べ物でできていることは良くわかっています。でも、身体に悪いものでも、それがもし大好きなものなら、それを食べることでストレスは無くなりますよね。それって脳を活性化するという面では、プラスになるんです。

 

食事の内容がずば抜けて良くても、その食べ物が嫌いなもので全部埋め尽くされていたら、メンタル的にはきつくなるし、そこで折れてしまうこともある。なので、これ食え、あれダメとか細かく言うより、これとこれをちょっと試合前だけは、控えて欲しいというやり方にしています。

 

明らかにパフォーマンスが低下するものとか、そういうものは控えてもらいますけど。元々、アムちゃんはかなり良い栄養バランスで食事しているので、それで良いのかなって思っています。

 

 

今は焦らず、その準備段階だと思って欲しい

 

 

鈴木先生が大切にしているのは、その選手生命を考えてのこと。全てバランスが大事と言う。実際に昨年、クォリファイしたことについては、ここまで早かったことには驚いたが、これも想定内。アムちゃんと鈴木先生の中では、ワールドタイトルを取るまでの計画はすでにできている。

 

 

アムちゃんがうちに来て、1年ちょっとぐらいかな。僕はこう頑張っていれば、5年あればCTに入れると思っていたんです。そこから、さらに5年から7年ぐらいの間で、ワールドタイトルは取れると、僕の中では思っていたんですけど、それがもうCTに入っちゃって。

 

早い分に越したことはないですけど。それなりの経験を積めるわけですから。でも、CTに入ったことで、今まで味わったことのないストレスとか、いろんなものが入ってくるわけじゃないですか。

 

だから、これからもやることがありますけど、今は少しリラックスして欲しいとも思っています。伸びしろはまだまだあります。今は焦らず、その準備段階だと思って欲しいと言っています。5年後ぐらいに、最終的に自分の目標であるワールドタイトルが取れれば、それで良いわけですから。

 

 

都筑有夢路@スペイン WSL / Laurent Masurel

 

鈴木先生の分析はさらに進む。サーフィンが他の競技と大きく違う点は、相手が自然だということ。同じ波は無いし、場所によってその波ですら大きく変わる。そのコンデイションで使う板のボリュームも変わってくる。他のスポーツとの違いをこう考える。

 

サーフィンの競技は自然相手というのがまずあって、例えば、膝サイズの志田で試合するのと、ハワイで試合するのでは、板もですけど身体の使い方とかも変わります。ある意味、別競技みたいな感じなんですね。

 

だから、それに全て適応できるような身体作りが、大事になってくると思います。全然、似た動きじゃないですけど、例えば卓球やって、バトミントンやって、テニスやるようなイメージです。

 

なので、全ての競技でそれに使う道具が必要で、全ての競技で動き方が違う。だから、その競技に合わせての身体作りが必要なんです。それは選手自身が一番大変ですけど。そういう意味でサーフィンという競技は、他のスポーツと違って大変なんですね。

 

 

優勝したスペインのQS10000イベント、Credit: © WSL / Masurel

 

 

波のコンディションによって、板を変える。そのためにはそれを乗りこなすだけの筋力と技術が必要となる。板はあくまでも道具。だから、その板の性能をコントロールするだけの身体能力が必要となるわけだ。特にアムちゃんに関しては気をつけていることがある。

 

 

ハワイに行くとなったら、そのハワイの前はなるべく準備が必要となります。ハワイでの波と選手のやっている動きを解析して、メニューを組んでいきます。ハワイで入る、特に試合であれば、今度、初戦はマウイじゃないですか。

 

なので、そこの波を予めインプットして。こういう波であれば、このぐらいのパフォーマンスが必要だろうということで、トレーニングのメニューを決めます。特に気を付けているのは、アムちゃんの持っている感覚の的なものですけど、タイミングを大事にしてあげたいんですね。

 

ハワイと日本では、リズムの取り方が違うんですよね。その自分の中の体の動かし方のリズムをはっきりさせて、それに合わせられるようにしてあげる。大会会場に行って、大きい板でサーフィンするとなっても、問題なく自分のサーフィンができるようにするということです。

 

 

このコロナ禍で試合が長期に渡って試合がないことについて。アムちゃん自身は「自分のワールドタイトルの目標がある限り、何も変わらない。不安は無い」とインタビューでは答えていた。鈴木先生はその点についてはどう考えているのか。

 

アムちゃんに関して、試合の上手さで勝っているタイプだと思っていません。どちらかというと技術的なもの、アベレージさえ出せれば勝てる、そういう勝ち方をしてきた選手だと思うんです。

 

だから、僕としては不安はありません。試合に対して、ちょっとした感覚ズレはあるかもしれないですけど、それってみんなに言えることじゃないですか。それなら、みんなが試合の感覚が微妙な中でやったら、逆にアムちゃんの方が有利だと思います。

 

試合から離れて、試合勘がないという不安とか、まわりがどこで何をやっているかわからないという不安感。その不安があるが故に、やるべきことをやるとかありますけど。アムちゃんは今、やるべきことをやれるタイプなんです。だから、良い方向に向く可能性の方が、極めて高いと思っています。

 

 

日本の限られた環境の中でも、クォリファイできたこと。そして「自分が頑張ることで、サーフィンの業界が良くなること。これからの自身の活動を通して、自分の軌跡を次世代へ伝えていきたい」というアムちゃんの想い。アムちゃんはキッズにサーフィンを教えているとも言う。これについても鈴木先生はこう語る。

 

 

次世代に実際に教えるっていうのが、自分の復習に一番繋がると思っています。それは上手く利用する点だとも思っています。言うなれば、まだ19歳で、凄いしっかりした考えを持っている。

 

でも、今のものを築くまでの年数って、まだそんなに長くないですから。ちょっと気持ちがブレたりすることもあると思うんです。だけど、下の世代に教えていくことが、自分にとっても復習できる部分に替わるんですよね。

 

基礎ですよね、基礎。今、自分が突き進んでいるものを教えるんじゃなくて、子供たちに基礎的なことを教える。これが自身の基礎の復習になると思いますから、とても良いことだと思います。

 

 

サポートする立場の人間を本気にさせる力がある数少ない選手

 

 

選手とトレーナーは信頼関係が何より大切だ。アムちゃんは、先生のことを「凄い人。自分より努力している」と評する。改めて鈴木先生にとって「都筑有夢路」はどんな選手なのか、トレーナー冥利とは何かを、最後に聞いた。

 

アムちゃんは素直です。天性の才能もあります。だから、いろいろ言わない方が良いと思うんです。僕の中ではですけど。基本的に大事なことを言ってあげれば、あとは自分で考えるタイプです。

 

逆に言いすぎると、そっちの方が重要と勘違いして、本当に重要なことを重要と捉えなくなってしまうから、大事なことだけを言ってあげる。あとはしっかりそれをやってくれる選手ですね。

 

努力とか、そういうものがある中で、今の結果もあるわけですけど。一番は僕らみたいなサポートする立場の人間を本気にさせる力がある、数少ない選手だと思います。その選手が結果を出せたら、それこそトレーナー冥利に尽きますね。

 

 

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都筑有夢路。

トレーニングメニューが複雑になって、きつくなっても笑顔で楽しむ。それは海でその成果を確かめる時、いつもワクワクできるからだと言う。そして、それはいつしか手応えに変わる。

彼女の持っている力を最大限発揮できるように組まれたトレーニングメニュー。それはいつ、いかなる場所でも戦えるだけの力をつけるためのもの。

彼女の強さは、才能はもちろんのこと、努力を惜しまない姿勢。それは、自分だけでできることに限界があることを知っているからだ。

それを支えるのは家族、トレーナー、コーチ、スポンサー、そしてサポーター。チームアムロとして、世界への挑戦はこれからも続く。

 

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鈴木一弘。

接骨院での治療家。自身も格闘家であり、総合格闘技団体 DEEPの北田俊亮選手の引退から2年後の復帰戦の際、パーソナルスポーツトレーナーとしてサポート。その後、フィジカルトレーナーを正式にスタート。

自身の立ち上げた「Bell’s Gym」は、骨格矯正、運動解析、メンタルに合わせてパーソナルトレーニングを行う。パフォーマンスの向上を目指し、怪我の少ない身体作りを常に考えている。

現在、都筑有夢路に加え、大原洋人、高橋健人、大原沙莉と4人のパーソナルトレーナーを兼任。

 

BELL’S GYM
https://www.instagram.com/bells_gym/?igshid=qhm7dah1ml1c