心からサーフィンや海を愛し、人間再生をテーマに作品を世に送り出してきた喜多一郎監督に、大ヒット作となった映画「ライフ・オン・ザ・ロングボード」の誕生秘話や、来春公開の続編のこと、監督の考えるサーフィンの魅力について語ってもらった。
ーーーまず初めに、喜多監督とサーフィンの関係についてお伺いしたいのですが、2005年に公開された「ライフ・オン・ザ・ロングボード」では、定年退職して、サーフィンを始める55歳の大杉漣さん演じる米倉一雄のお話でした。どんなきっかけでサーフィンを題材にした映画を撮ろうと思ったのですか?
1970年代にサーフィンをやっていたし、海が好きなんです。自分のアイデア全てが海から始まっていると言っても過言ではないほど、海を見ていることが大好きなんです。それに加えて、自分は「サーファーの佇まい」が好きなんです。ボードを持って海に向かっていく姿とか、準備運動して波打ち際に立って沖の波を見ている後ろ姿とかね。
もともと自分はテレビの映像をやっていて、映画監督をやるとは思わなかったんです。ある時、自分で書いた脚本が映画向きだと思って、ドラマにするより自分で映画を撮った方が早いなって思って一作目を手がけたんです。
その最初の映画を沖縄の海で撮りながら、二作目はサーフィンの映画を撮りたいなと思って、サーフィンの題材を探しに種子島に行ったのが始まりなんですよ。
ーーーその時なぜ種子島だったんですか?
とにかく美しい南の島で撮りたかった。一作目も沖縄の竹富島だったんですけど、島でサーフィンが盛んなのは種子島とか奄美大島が思いついて。映画の大杉さんじゃないけど、漠然と連絡船に乗っちゃたんですよ。最初は奄美に行こうか種子島に行こうか迷ったんだけど、奄美はあまりにも遠いんで、ちょっと挫けちゃったんです。(笑)
それで種子島に決めて、連絡船の中で案内の女の子に「種子島でサーフィンするなら、どこへ行けば良いかなぁ」って聞いたら、「オリジンってサーフショップがあるから、そこに行けば情報が掴めますよ」って言われて。それで店に行って「種子島でサーフィンの映画作りたいんだけ協力してくれる?」って言ったのが種子島の第一声なんですよ。
まさに「ライフ・オン・ザ・ロングボード」のなかで大杉漣さんが演じてくれた米倉一雄と一緒なんですよね。
それでオリジンの人たちが協力してくれることになって、僕が脚本を書いて一作目をつくった。とにかくサーフィンが好きで、海が好きだったから。せっかく映画監督になったんだし、脚本書けるから。じゃあサーフィン映画作ろうって思ったんです。
ーーー4年後の2009年には、湘南を舞台にした映画「海の上の君は、いつも笑顔。」を撮られています。これもサーフィンをライフスタイルに持つ人々がフィーチャーされて、湘南という町がサーフィンと共にあるようなイメージがスクリーンから感じられましたが、この映画はどんなきっかけで作られたんですか?
あの映画の元は「サンシャインデイズ」っていうテレビドラマがあって、1970年代の湘南を舞台にした、茅ヶ崎のパシフィックホテルとかが出てくるような話で、映画にもなったんですけどね。
その時に協力してくれた湘南の仲間から、折角だから現代の湘南を舞台にした映画を撮らないかって誘われて「海の上の君は、いつも笑顔。」が始まったんですよね。
あの映画は茅ヶ崎市と藤沢市が後援してくれたものなんです。だから藤沢から茅ヶ崎という広いエリアを舞台にした映画は、どんなストーリーにしたら良いかなって考えた。それで地元の人に茅ヶ崎でボード無くしたら、どこに流れ着くのって聞いたら、江ノ島だって言うから。それは面白いと思って、あの話を書いたんです。単純でしょ?(笑)
ーーーそこは監督自らがストーリーを考えて作っているからこそ出来る楽しさですよね。
今は原作ものとかベストセラーの漫画とかの映画化ばかり。勿論、そういうのも観客動員とか考えたら大事なことで、プロデューサーとしては、そのような作品も作っているんだけど。自分が監督をやる作品に関しては、オリジナルにこだわりたいという意識が凄くあって。
監督っていうのは、その作品のオリジナリティを一番表現する人間でないといけない気がするんですよ。映像に関して言うと。だったら、ストーリー自体もオリジナルにして、最初から自分の思い描く映像にする。そんな思いで12作、オリジナルにこだわってやっているんです。
マインドを引き継ぎ、人間再生をサーフィンで叶える男の話を書こうと思った。
ーーー今回の「ライフ・オン・ザ・ロングボード2nd Wave」は、日本中でおやじサーファーブームを巻き起こした前作の続編となるんですか?
ストーリー的には全く続編ではないんです。前作から何一つ引張ている要素はないんです。前回の作品は、オリジナルとして完結したものですから。最初は前回の話をもう一回掘り起こして作り直せないかとも考えたんですが、大杉さんがサーファーとして新しい生き方を見つけて、あの話は完結している。だったら新しい話で、マインドだけは引き継ごうと思ったんですよ。
ーーー今回も舞台は、同じ種子島で、地方創生と人間再生をテーマに製作中とお聞きしましたが。
自分の作品には、一貫したテーマがあって「人間再生」なんですよ。「ライフ・オン・ザ・ロングボード」を書いた頃って、ちょうど団塊の世代がリタイヤする、日本の社会全体が変革期を迎える時代だったんですよね。
人生80年と言われる時代に、 社会のために頑張って来た、まだまだ活力のある人達が50や60でリタイアして。 それで人生の目的を見失って、エネルギーの行き場がない生活をしている。 ただ年齢や退職で人生を区切って、その人の可能性や人生の価値を決めつけているように見えた。それで日本の社会や経済は良くなるのか?って思ったとき 「もっと、彼らを元気にしたい。何歳だろうと人生には、まだまだ良い波が来るじゃないか」 ってことを伝えたくて書いた作品なんです。
それが見事に大杉漣さんのイメージと世相とが相マッチして。本当にあの映画はいろんな媒体に取り上げられて、おやじサーファーが新しい生き方だとか、湘南の海におやじサーファーが増えたとか、社会現象だなんて言われました。
当時は海に行くと「あの映画を見てサーフィンを始めました」という人と、どれだけ出会ったか分からないですね。それは大杉さんも同じことを言っていた。いろんな場所で言われたって。だから本当に映画の持つ力って凄いんだなぁって、つくづく思っいましたね。
最初はタイトルも「ライフ・オン・ザ・ロングボード2」だったんですけど、1作目が10年以上前の話だから、それを知らない人にとっては「2」って付くだけでハードルが上がっちゃうと思って反対したんです。
でも有り難いことに今回の映画を作ろうって言ってくれた種子島や鹿児島の人たちが、「ライフ・オン・ザ・ロングボード」のブランドは残したいって言ってくれて。それで最後まで悩んだけど、最終的に「2」じゃなくて「セカンド・ウェイブ」に変えたんです。今回は、地元の人たちの「もう一度映画を作りたい」っていう情熱が、自分のモチベーションを上げてくれましたね。
ーーー大ヒット作の2作目ということで種子島や鹿児島からのラブコールで実現した話なのですか?
「ライフ・オン・ザ・ロングボード」は、自分の代表作となって、海とサーフィンの映画を撮り続けている監督というイメージにもつながった作品。思入れも強くて、種子島の人たちとの交流も続いていたから、再び種子島であのような作品を作りたいという思いはあったんです。
でも、自分の中でも完結している作品ではあったし、そんな簡単に原作って書けないじゃないですか。他からのオファーとかもあったり。そんな中で再び3年ぐらい前から種子島に行くようになり、地元の高校で講演会をしたりするうちに、種子島や鹿児島の人たちと話す機会が増えて。ちょうど、その頃サーフィンがオリンピックの種目になったりして。
そのような様々な出来事が重なり合って、もう一度サーフィンを題材にした映画を作っても良いのかなって意識になった。それでお互いの気持ちが一致したっていう感じなんです。
ーーー今回は医療機関も舞台となっているとお聞きしました。
今回の映画では、地方医療とか離島医療、老人介護、老老介護とか、地方が抱えている問題とかも描こうと思ったんです。種子島は日本が抱えている問題が小さく凝縮されたエリアで、たまたま種子島の医療センターの医院長が今回の映画の発起人の一人だったこともあり、その人の協力を得て病院も舞台にすることが出来たんです。
今回の作品は、ストーリーで言えば、アウトローで社会に馴染めない落ちこぼれの主人公が、種子島まで流れついて、でも種子島でも居場所がなくて。そんな中で老人たちを病院まで送迎する仕事を最後に得て、そこで出会った老人たちと会話することで人間が再生して行く話なんです。
そこで種子島の「老人サーフィンクラブ」とか出てきて。あの泉谷しげるさんが本気でサーフィンに挑戦してくれたり、おじいちゃんやおばあちゃんがウエットスーツ着てサーフィンの練習したり。普通ではあり得ない事なのかもしれないけど、面白い発想だと我ながら思いましたね。
サーフィンも人生も一番大切なのは、タイミングとバランスだ
ーーー喜多監督が考えるサーフィンの魅力とは何ですか?
自分がサーフィンを題材にした映画を作っているもう一つの理由は、「サーフィンも人生も一番大切なのは、タイミングとバランスだ」っていうこと。映画の台詞の中にも出てくるんですけど、どんなに素晴らしい人だってバランス感覚とタイミングを失ったら成功できない。それはサーフィンも一緒だと思うんですよね。
どんなに上手いサーファーだって、良い波を見つけて、タイミングよくテイクオフしないと上手く乗れないじゃないですか。人生にも波に乗るって言葉があるように、それが原点だと思うんです。人生もサーフィンもタイミングとバランスが大切なんだって思うんです。
サーファーは後ろ姿を見ただけで上手いか下手か分かる
人間は自信を持つとオーラが出るんですよね。サーファーも、サーフボードを持って海に歩いて行く後ろ姿を見ただけで上手いか下手か分かると思うんです。自分を信じて自信を持つことが、本当に大切なことだと思うし、その姿が美しいと思えるんですよ。
自分が好きなことにチャレンジしているんだっていう嬉しさが、背中からにじみ出ている。上手い下手じゃなくて、「たとえ失敗してもいい。楽しもう」という姿勢が大事なのなかなって思います。
今回は、種子島の日本サーフィン強化指定選手の日高涼太くんとかも協力してくれんたんですけど。彼もバランスとタイミングの良さを感じますね。上手い人のサーフィンを見るのは本当に気持ちが良いものです。映画にしろ、アートにしろ、どんな芸術でも、人々に受け入れられているものはバランスが良いものなんですね。
ーーー今回の映画を一番見てもらいたいのは、どんな人ですか?
まずサーファーには、見てもらいたいですけど、サーファーじゃない人にも見てもらいたいと思います。でも、恐らく入り口はサーファーだと思います。まずサーファーが見てくれて、これはサーフィンしない人も見たほうが良いって、言いだしてくれたら凄く嬉しいですね。
見てくれた人が、前に踏み出してみようって思えるような映画を作りたい。
ーーー喜多監督は、これまでサーファーに訴えかける作品を作ってこられたと思うんですが、監督が影響を受けたサーフィン映画とかはあるんですか?
もちろん「ビッグウェンズデー」とか、「メニー・クラシック・モーメンツ」とか、その手の映画は全部見ましたけど、「カリフォルニア・ドリーミング」ってアメリカ西海岸を舞台にした青春映画があって、普通のサーフィン映画ではないけど、それが好きでした。もちろんサーフィンも出てくるけど、やっぱり笑顔が満載の海が描かれている映画でしたね。
人を困らせたり、泣かせて終わるのは、エンターテインメントの本質とは違っていると思うんです。最終的には力を与えてあげたり、笑顔にするのがエンターテインメント。だから自分の映画には悪人が一人も出て来ないんですよ。
自分の映画を見てくれた人が、もう一度頑張ってみよう、半歩でも前に踏み出してみようって思えるような、きっかけが与えられるだけでも良いなと思っているんです。
ーーー13年前におやじサーファーブームを巻き起こした喜多監督ですが、今回はどんなムーブメントを期待しますか?
公開が2019年の春でオリンピックも直前というのもあるし、サーフィンがブームになってほしいと言うよりも、夢を持てなかったり、持てても実現できなかったりする時代だから、あまり感覚的なものに囚われずに、みんなが笑顔で元気になって、社会が明るくなってくれるのが一番ですよね。
サーフィンを題材にした映画がきっかけで世の中が元気になったら、サーファーや海が好きな人間も嬉しいと思うし、全部が元気になってくれたらいいなと思います。
サーフィンには楽しいことばかりではなく、辛いこともあり、自分の思い通りにならないこともある。だからサーフィンは人生そのものだという人がいる。
苦しくて飽きらめてしまえば、そこで終わり。しかし努力した先には素晴らしい世界が待っている。それがサーフィンを人生に例える理由なのだろう。
今回、喜多監督のインタビューでは、人の人生を変えてしまうと言われるサーフィンを題材に、人間再生をテーマにした作品が、どのように生み出されているのかに触れた。そこで感じたのは、監督のサーフィンに対する驚くほどの愛情と情熱だった。
監督の作品は、ほっこりと心温まる物語。サーフィンを通じて海で出会う仲間のように、いい映画との出会いは人生を豊かにする。来春公開される次回作が本当に待ち遠しい。
故・大杉漣さんが2005年に主演し、日本中にオヤジサーファーブームを起こした映画『ライフ・オン・ザ・ロングボード』の続編となる「ライフ・オン・ザ・ロングボード 2nd Wave」は2019年春に公開予定。
本作では吉沢悠が主演、馬場ふみかがヒロイン役を務め、種子島でのオールロケを敢行。人生に挫折した主人公が行き場を失い、逃げ出すように訪れた種子島で、島の美しい自然、温かい人々とふれ合い、文化や歴史を感じながら再生されていくハートフルなヒューマンドラマとなる。
オフィシャルサイト:http://www.lifeonthelongboard2.com/
https://www.facebook.com/LifeOnTheLongboard2/