サンディエゴで起こっている 最先端のボードデザインとカルチャーの探究

Richard Kenvin & Lucas Dirkse

一時期、フィッシュというサーフボードがサーフィン界でムーブメントとなって以来、サンディエゴという土地がオルタナティブなサーフクラフトの聖地として一目置かれるようになった。このサンディエゴを中心とするムーブメントの一角に、“ハイドロダイナミカ”プロジェクトの主宰者リチャード・ケンビンがいる。
彼はいま、自身のプロジェクトの中に同じサンディエゴの若い世代を取り込んで、さらなる研究を進めている。彼に認められたアップカマーのひとりが、ルーカス・ダークシーだ。昨年ふたりが来日した際に、リチャードたちが実験しているサーフボード・デザインや目指している方向性などについて話を聞いてみた。彼らの取り組みは、いわばサーフィンの未来を先取りした先進的な挑戦でもある。


昨年3年ぶりに「フィッシュフライジャパン」のために再来日を果たしたリチャード・ケンビン。彼は、ボブ・シモンズのデザインを歴史的な遺産として紐解くことに端を発した“ハイドロダイナミカ”プロジェクトを主宰する、オルタナティブ・サーフィンの世界の探究者として知られている。そのいっぽうでサンディエゴの著名なポイント、ウィンダンシーのコアなローカルのひとりでもある。彼が来日に伴ったのは、同じウィンダンシーの若手有望株のサーファー、ルーカス・ダークシー。弱冠18歳の新星である。昨今注目されるライアン・バーチとともに“ロードボード”と呼ばれるフィンレスのフォームのボードでサーフする、知る人ぞ知るマルチサーファーだ。

text & photo by takashi tomita

 

昨年の来日時には、パタゴニア サーフ千葉ストアで「ハイドロダイナミカ」のイベントが開催された。リチャードが進めているプロジェクトの映像を流しながら、ボードデザインの解説も行なわれた

 

 

SM: 来日は2回目だよね。フィッシュフライも含めて、日本のオルタナティブ・ボードの印象は変わった?

 

RK: フィッシュフライに関していえば、規模が大きくなっていて驚いた。ボードは前回よりも多かったと思う。ルーカスとふたりで歩き回ってたくさんのボードを見たけど、かなりエクスペリメントや改良を重ねたデザインが日本には増えている印象だね。サイラス・サットンのフィルム「ストークド&ブローク」の影響で、フォームのボード“ロードボード”でのサーフィンに興味を持っている人が日本にも増えたと聞いている。今回ルーカスはロードボードを持ってきているよ。彼は「ストークド&ブローク」に出ているライアン・バーチといっしょにロードボードでサーフィンをするウィンダンシーの若手なんだ。

 

SM: ルーカス、君は初来日だよね? 日本の印象は?


LD: 初めてだから何もかもが面白い。日本に着いてすぐにフィッシュフライで多くのオルタナティブ・ボードに触れる機会を得た。正直こんなに多くのデザインが日本にあることに驚いたよ。

 

左がリチャードが展開するハイドロダイナミカ・レーベルからリリースされている最先端デザイン。右はルーカスが愛用する、ロードボードと呼ばれるフォーム材むき出しのフィンレス・ボード

 

 

SM: いつもロードボードに乗っているの? なにか特別なフォームなのかな?


LD: いつも乗っているわけではないよ。僕はいろんなボードに乗る。実はしばらくこの手のフォームを新しく入手できないでいるんだ。でも、もし手に入れられた時は間違いなく乗るよ。フォームでのサーフィンは最高だからね。このフォームはちょっと他のフォームとは違うんだ。密度があって水がしみ込まない。通常のEPSは水を吸収し重くなるけど、これは軽いまま。僕はシェイパーじゃないけど、フォームを手に入れてノーズとテールをカットした、それで完成(笑)。一度折れてしまったけど、また接着して乗っているんだ。

 

RK: 桐のアライアと同じで、折れても接着すればまた乗れる。簡単さ。このフォームはソフトボード用の心材のフォームなんだ。本来はストリンガーが付くはずだったが、これは間違ってノーストリンガーになってしまった不良品。だけどロングボード用だったので幅や厚みやレールがロードボードにちょうど良かった。上手く機能していると思うよ。

 

SM: リチャードとルーカスはウィンダンシーのローカル同士だよね?


LD: そう。実際にウィンダンシーでサーフィンをしていて知り合ったんだ。波が良い時に行けば必ずリチャードはサーフィンしているからね。よく一緒にサーフィンするし、カリフォルニアを一緒にトリップしたこともある。彼からはすごく影響を受けているよ。

 

SM; ふだんルーカスは誰が削ったボードに乗っているの?


LD: ライアン・バーチがシェイプした板が多い。ライアンはエンシニータスの出身でウィンダンシーのローカルではないんだ。ある日、僕がカーディフでサーフィンをしていたら彼がアライアに乗っていたんで、「乗らせてくれない?」って感じで声をかけたのがきっかけだった。彼を見かけるたびに、彼のユニークなボードに乗ってみたいと思ってたんだ。もちろん彼はボードを使わせてくれたし、すごく楽しめたよ。変わったボードのおかげで僕らは出会えたんだ(笑)。

 

 

彼らのボードは日本のビーチでもお披露目された。リチャードが持っているのが、ダニエル・トムソンが削ったパラレルなレールを持つGorldn Mean Machine。ショートボード的なプレーニングボードだ

 

リチャード・ケンビンは“ハイドロダイナミカ”のプロジェクトの中で、半世紀以上前にボブ・シモンズが科学的にハイドロプレーニングを理解しサーフボードに応用していたデザインを、現代のシェイパーとともにレプリカで再現し、さらにその発展系デザインをさまざまなテストパイロットたちと検証してきた。最近では若手のシェイパーたちとも実験的なデザイン要素の探究を積極的に取り組んでいる。さらにはルーカスのようなフレッシュなサーファーたちとその機能性を探っているのだ。リチャードは、フィンレスのロードボードを始めとし、どんなボードも乗りこなすライアン・バーチとルーカスたちに一目置き、ここ数年可愛がっている。そんな彼らが最近興味を持っているデザインとは、どんなものなのか…。

 


SM: いま、ロードボード以外にどんなボードに乗っているの?

 

LD: 左右非対称のボードが気に入っている。ライアンが作ったボードで、ものすごく機能するんだ。5’4″や5’6″くらいのすごく短いやつ。フィンレスではなくて、左右非対称。

 

SM: リチャード、君のハイドロダイナミカのプロジェクトでも最近は左右非対称のボードがテーマのひとつになっているよね?

 

RK: そのとおり。ライアンとは一緒にボードを作っているんだ。常に私たちはボードについて話していて、何らかのアイデアを交換している。ルーカスはライアンのボードに乗り、ライアンは私にもいいボードを作ってくれている。ライアンはまだ若いしシェイプ歴は3年ほどだけど、ここ最近その腕をめきめき上げてきているんだ。

 

SM: いま興味を持っているのはライアンの左右非対称ボードだけ?

 

RK: 左右非対称ボードだけでなく、半左右非対称のボードも作っている。シェイパーはライアンだけじゃないよ。最近はダニエル・トムソンとも一緒にボードを作っている。ダニエルの作るボードは、ちょっとライアンのとは違うんだ。ダニエルと一緒に取り組んでいるのは、私にとってはショートボードに近いボード。トライフィンなんだけど、プレイニングボードの特徴が組み込まれているんだ。私はいまこのボードに夢中。

 

SM: プレイニングボードの特徴があるということは、ミニシモンズに近い?

 

RK: うん、ミニシモンズほどではないけど、その要素が入っている。私は長い間シモンズ・ボードやフィッシュに乗ってきたから、久しぶりにややハイパフォーマンスなボードにも乗りたいと思っていた。ダニエルが削ったGolden Mean Machineはパラレルなアウトラインの、まさにハイパフォーマンスボードなんだ。ライアンもこれと同じようなボードを作っているけどね。彼のボードもダニエルのボードほどではないが、ショートのハイパフォーマンスだね。

 

SM: ルーカス、君も乗ってみたの?

 

LD: もちろん、このボードは普通のショートボードのパフォーマンスにプレーニングのスピードが加えられているもの。ノーマルなショートボードのように見えるけど、でも全然違うんだ。特定の波にしか合わない左右非対称と違ってどこででも乗れるオールラウンドのボードって感じかな。まさに僕たちが望んでいたものなんだ。フィーリングは左右非対称のボードとも違うし。ちょっと扱いにくいんだけどね。

 

RK: 私もルカースもライアンもダニエルも、みんなコントロールしにくいおかしなボードに乗ってきた。乗り方を習得すればものすごくスピードが出るボードだが、きびきびしたタイトなコントロールが必要とされる。でもひとたびマスターすれば、ミニシモンズで得られるフィーリングと同じような、ある特定のフィーリングを得られるんだ。

 

SM: 最近はそういうボードにばかり乗っているんだね?

 

RK: そうは言っても波次第では、いまもまだアライアにもよく乗っているよ。左右非対称とアライアがいつも乗っているボードかな。

 

 

一昨年10月から昨年4月の6ヵ月間に渡り、南カリフォルニアの50ヵ所もの文化施設が参加した「パシフィック・スタンダード・タイム:アート・イン LA,1945~1980」というアートイベントが開催された。これは1945年から80年までの間にロサンゼルスを中心とした南カリフォルニアのアートシーンの興りと、時代や社会への影響、そして芸術革新や社会変革のスケールをさまざまな側面から展示したもの。対象となったのは、芸術はもとより、ポストミニマリズムやモダニズム建築、マルチメディア・インスタレーションなど多岐に渡った。
リチャードはサーフボードのデザインをアートと捉え、このイベントの一環としてアートショーを企画し開催することに成功した。彼はつねにサーフィンを然るべきカルチャーとして捉え、自ら主宰する「LOFT9ギャラリー」での開催はもちろん、一昨年にはサンフランシスコでもルーカスとライアンたち“ヤード・ポッサム”(彼らのニックネーム)をフィーチャーした展示を行うなど、アートショーなども積極的に催してきた。
サンディエゴのリチャードの自宅に並ぶ、彼の研究材料でもあるお気に入りのクイーバー。ボブ・シモンズからスティーブ・リズのフィッシュ、左右非対称ボード、アライアまで多様性に満ちている

 


SM: 「パシフィック・スタンダード・タイム」のショーについて教えて。どうやってイベントの一環として開催できたの?

 

RK: 主催しているのはゲッティ財団で、そこに申請したんだ。「パシフィック・スタンダード・タイム」の基準は1945年~1980年の南カリフォルニアで生まれたアート、デザイン、セラミック、フォトグラフィー、ソーシャルインパクトだった。私はシモンズがその期間にぴったりとはまっていると考えたんだ。ボブ・シモンズ、プレーニングハル、マテリアル、彼がしたこと、それが何なのか、それを通して他のボードに与えた影響などをテーマにして企画を立て申請した。幸運にもその企画が通ったんだ。

 

SM: 実際のショーではどんな展示が成されたの?

 

RK: 2部屋の展示スペースで展示を行ったんだ。ひとつは1945年~1975年の古いボード。シモンズ・ボードやミランドン兄弟のツインピン、カール・エクストロームの古い左右非対称のボード、アンダーグラウンドのニーボードやフィッシュボード、スティーブ・リズ、古いスキップ・フライなどを展示した。当時からスティーブ・リズのボードは手に入れにくかったが、そうしたものも揃えることができた。シモンズから年代順に並べられたから、すべてのボードがずらりと並んだ展示は圧巻だったよ。もうひとつのスペースでは、ライアン・バーチのボードが7本、ダニエル・トムソンのボード、そしてカールの新しいボードなどを、今の時代の新しいデザインを展示した。

 

SM: サーフボードをカリフォルニアの芸術的文化として見せるというコンセプトは意義のあることだね?

 

RK: そのとおり。私たちにとっては最高なショーとなったよ。昔のボードから最新のボードまで、直接的に歴史を語るものにしたからね。とても意義のあるショーだったし、成功を収めたと思う。

 

SM: 今後もこうしたショーや企画を続けていくつもり?

 

RK: うん、サンディエゴにあるミンゲイ・ミュージアムも大きな展覧会をやることに興味を持ってくれていて、いま今後の開催を話しあっているところ。彼らは、サーフボードのもつクラフツの側面と実用的な側面に興味を持っている。ボブ・シモンズ、スティーブ・リズが作った古いボードはすべてが彼らのハンドメイドなので、サインもロゴもついていない。クラフトとして並べたらとてもいいと思う。「パシフィック・スタンダード・タイム」は南カリフォルニア限定だったけど、もしミンゲイ・ミュージアムでやるなら、ハワイのパイポや日本のパイポ(板子)も加えたりしたら面白いんじゃないかな。ショーの内容を構成しなおして、あらゆる可能性を組み込んだらいいものになるだろうね。

 

SM: ルーカス、君はリチャードのような先輩から学べてラッキーだね。

 

LD: そうだよ。リチャードもライアンも、みんなマスターだからね。刺激を受けているよ。

 

SM: リチャード、これから君たちはどんな展開を考えているの?

 

RK: いま興味を持っている左右非対称ボードやパレルなレールのハイパフォーマンスなショートボードのデザインの研究をさらに押し進めていくつもり。ルーカスやライアンたちは5’1″の短小ボードでとんでもないターンを見せるようになってきた。ダニエル・トムソンもオーストラリアのステュワード・ケネディというライダーとともにパフォーマンスの追求に余念がない。ダニエル・トムソンのボードはトム・カレンが乗ったことで話題にもなったしね。今後はこうした高次元なレベルのサーファーたちが、どんどんこの手のボードに乗り始めるだろう。そうすれば、このボードで何が可能なのかがわかり始める。そうした可能性を探っていきたいと思う。

 

 

 

 

プロフィール)
Richard Kenvin リチャード・ケンビン
1961年生まれ。ロサンゼルスやサンタバーバラで幼少期を過ごし、9歳でサンディエゴへ移り住む。70年代のベスト・カリフォルニアンのひとりだったウィンダンシー・ローカルのクリス・オルークから多大な影響を受けて育ち、アップカマーとして頭角を現す。80年代はキャスターやラスティーといったサンディエゴのトップブランドのライダーとして、主にコンペティションで活躍。その後コンテストの第一線から退き、90年代後半にサンディエゴ・ローカルのデザインであるフィッシュと出会い、オルタナティブな世界に傾倒していく。自身のプロジェクト「ハイドロダイナミカ」を主宰し、スティーブ・リズのフィッシュやボブ・シモンズのシモンズボードなどのデザインをサンディエゴの歴史的文化という視点から研鑽。その一環として、フィルムでのドキュメンタリーや執筆、アートショー開催などを行い、世界中のサーファーに広くその価値や今後の可能性を示唆し続けている。

 

 

Lucas Dirkse ルーカス・ダークシー
1994年バハ・カリフォルニア生まれ、サンディエゴ育ち。現在高校3年生。ホームポイントはウィンダンシー。7歳でサーフィンを始めサーフィン歴は10年。3年ほど前にライアン・バーチと出会い意気投合、ロードボードと呼ばれるフォームのフィンレスボードで卓越したサーフィンを見せ一躍有名になり、リチャードの目にも留まる。以前住んでいた家の裏庭のガレージに野生の小動物がいたことから、ライアンとルーカスは“ヤード・ポッサム”とリチャードから呼ばれるようになる。サンディエゴの海系の地元タブロイド紙Oceanでも特集が組まれ、非コンペティション・サーファーでありながら、地元サンディエゴでは若きローカルヒーローとして大注目されている。好みのクイーバーは、シングルフィン・ログ、フィッシュ、左右非対称ボード、ロードボードなど、あらゆるボードをマルチに乗りこなす。サーフィン以外にも、ダイビングやフィッシングなど海に関する遊びのすべてを楽しむ。