『852 DOWN THE LINE – JAPAN -』の特別上映会が開催され、上映後には主演のプロサーファー松岡慧斗と、監督を務めた青木肇氏が登壇し、制作の裏側を語るトークイベントが行われた。

本作は、ビラボン・ジャパンとサーファーズ・ジャーナル・ジャパンの共同企画でありながら、制作サイドからの指示は一切なく、すべてが松岡をはじめとするサーファーとフィルマーたちの情熱によって作り上げられた純粋な作品である。司会を務めた同誌の高橋淳副編集長は、「描き出されたのは、スポーツではないサーフィンそのものです」と作品を紹介した。
3年間の記録。知られざる日本の波を求めて


ステージに登壇した松岡は、まず満員の観客に感謝を述べた。映画に収められた、信じられないほどクオリティの高い日本の波について問われると、「海外に比べて波に恵まれない日本では、良い波に出会うチャンスが少ない。だから時間はかかりました。この作品も、約3年かけて撮り溜めたものです」と、撮影の長期にわたる苦労を明かした。

撮影場所について「それは言えませんよ」と笑いを誘いつつも、「東北から日本海、四国まで、本当に日本全国を旅しました。日本には、僕もまだ知らないスペシャルな波がたくさん隠れています」と、日本の波のポテンシャルの高さを語った。
「日本を誇りに思って活動してほしい」
最後に松岡は、この映画に込めた熱い想いを語った。「この映像を見て、『日本ってかっこいいな』と思ってもらいたい。僕自身もそれを誇りに思って活動しています。サーフィンには色々なスタイルがありますが、この作品をきっかけに、みんながもっと日本というフィールドを誇りに思って、大切にしながら活動してくれたら嬉しいです」。
彼の言葉は、単なるサーフィン映画の枠を超え、日本の自然と文化への深いリスペクトと愛情を感じさせるものだった。約3年という歳月をかけて日本の波と向き合ったサーファーとフィルマーたちの情熱が結実した本作は、観る者に日本の新たな魅力を発見させてくれるに違いない。
海はシャチ、陸はヒグマ。極限の自然と向き合うサーファーたちの情熱

ヒグマとの遭遇。自然の厳しさと隣り合わせの撮影
撮影中の最も強烈なエピソードとして監督の青木肇氏が挙げたのは、北海道でのヒグマとの遭遇だ。「撮影中にヒグマが出て、普段は好きなローアングルでの撮影を諦め、コンテナの上に登ってハイアングルから撮影しました」と、緊迫した状況を振り返った。
松岡も「海ではシャチ、陸ではヒグマ。本当に笑い事じゃなかったです」と付け加え、彼らの旅が単なる波乗りではなく、大自然の厳しさと向き合うアドベンチャーであったことを物語った。
日本の波と文化へのリスペクト
映像編集において、青木氏は「場所が特定できてしまうような背景は、慧斗と相談しながら極力見せないように配慮しました」と語る。これは、日本のサーフシーンが持つ「シークレット」という文化や、各地のローカリズムへの深いリスペクトからくるものだ。松岡は、「海外のブレイクと違い、日本の波はまだ守られている部分が多い。それは僕らが大事にしたいスペシャルなこと。その土地の人々へのリスペクトも込めて、うまくやっています」と、その姿勢を説明した。

世界の波を知るからこその「To be continued」
世界のビッグウェーブを経験してきた松岡にとって、日本の波は特別な存在だ。「チャンスが少ないからこそ、良い波をスコアできた時の感覚は一回一回がスペシャル。世界に誇れる波も、自分たちが『お手上げ』になるほどの波も実際にあります」と語る。映画の最後に映し出された「To be continued」という言葉。それは、「まだまだ納得していないし、もっとすごいものを見せたい。僕らの戦いはこれからも続く」という、彼らの強い決意表明なのだ。
サーフィンとスノーボード。共通するアドレナリン

コロナ禍で海外渡航が制限されたことをきっかけに、本格的にスノーボードにのめり込んだ松岡。「サーフィンと同じ動き、同じ感覚なんです」と、その魅力を語る。
「良い波をメイクした時のアドレナリンと、ノートラックのパウダーを滑り降りる時の感動は共通している。自分にとって新しいライフスタイルの一つになりました」。海から山へ。フィールドは違えど、自然と一体になる喜びを追求する彼の探求心は、とどまることを知らない。
感覚を研ぎ澄まし、自然と調和する。映画『852 DOWN THE LINE』に込められた哲学
松岡慧斗が映画のタイトルに込められた深い意味について語った。印象的なタイトル「852」の由来について問われた松岡は、「簡単に言うと、感覚を研ぎ澄ますことです」と切り出した。
彼は、サーフィンで波を捉えることも、スノーボードで最高の雪面を滑り降りることも、本質は同じだと語る。
「どちらも、自分の勘というか、すごく絶妙な『気づき』が何よりも大事になります。その研ぎ澄まされた感覚と、自然との調和。その意味を込めて『852』というタイトルをつけました」
その言葉は、彼が単なるアスリートではなく、自然と深く対話し、そのリズムと一体になることで最高のパフォーマンスを生み出すアーティストであることを示唆している。海でも山でも、最高の瞬間を求め続ける彼の姿勢は、この「852」という数字に象徴されているのだ。
トークイベントの最後、松岡は共に作品を作り上げた仲間たちへの感謝を述べるとともに、満員の観客に向けて力強く宣言した。「ここにいるみんなは最高です。これからもっとヤバい作品を作っていくので、期待していてください!」
自然と向き合い、自らの感覚を極限まで研ぎ澄ます旅はまだ終わらない。彼の今後の活動、そしてさらなる映像作品への期待が高まる一夜となった。




