
取材、文:山本貞彦
日本のプロサーフィン界には、長年見過ごされてきた深刻な問題がある。それが男女間、さらには種目間(ショート / ロング)における賞金額の格差である。これは単なる数字上の差異にとどまらず、サーフィンというスポーツの未来や選手の人生に大きな影響を与えてきた。
これまで日本のプロツアーを主催するJPSA(日本プロサーフィン連盟)は、女子選手の数が男子より少ないことや競技人口の違いを理由に、女子の賞金額を低く設定してきた。
特にロングボードにおいてその傾向は顕著であり、男子ショートボードを基準にすると、男子ロングボード、女子ショートボード、女子ロングボードの順に賞金額が大きく違った。

この構造は長年「仕方のないこと」として受け入れられてきた。しかしその結果、女子選手やロングボード選手が生活を維持できず、プロとして競技を続けるのが困難になるという悪循環が生まれていたのである。

「さわかみ ブースト賞」が示した新しい形
こうした状況の中、JPSA 「S.リーグ」の限定3戦で導入されたのが、賞金格差を埋めるための特別賞「さわかみ ブースト賞」である。
この賞は、ショートボード男子の賞金額(優勝・準優勝・3位)を基準とし、それとの差額を「ショートボード女子」「ロングボード男子 / 女子」の選手に支給する仕組みを採用した。
これにより、WSL(世界プロサーフィン連盟)のように男女で賞金額が同額となる構造が、国内のプロ戦で初めて実現した。(男子ショートボード選手には賞金額据え置きに対する配慮として「さわかみ特別賞」が別途支給され、全体のバランスにも配慮されている)
これは単に賞金を単に増額する話ではなく、「日本のプロサーフィン界にこうした格差が存在する」という問題を可視化し、業界全体で向き合うべき課題を浮き彫りにする取り組みでもあるのだ。
低い賞金額が選手数減少の大きな要因に
そもそも、なぜ女子やロングボードのプロ選手が少ないのか。確かに競技人口だけを見れば、女子やロングボードは男子ショートボードより少ない。しかしそれ以上に、「賞金が少なすぎて職業として成り立たない」という現実が、多くの有望な選手の道を閉ざしてきたのではないか?
例えばプロとして大会に出場しても、エントリー費や遠征費での出費がかさむ。優勝すればプラスになるが、それ以外ではほとんど赤字となる。そのため、多くの選手が生活費を稼ぐためにアルバイトを掛け持ちしたり、練習やトレーニングの時間を削らざるを得ない状況に置かれている。

特に女子ロングボードは賞金額が少なくメディア露出も少ないため、スポンサーもつきにくい。田岡なつみや吉川広夏のように、生活を徹底的に切り詰めながら国内外で結果を出すトップ選手でさえ、その苦労や経済的制約を知る人は少ないのが現状である。
「さわかみ ブースト賞」がもたらす変化と今後
「さわかみ ブースト賞」と名付けられた理由は、賞金格差という問題を広く世間に知らしめ、問題提起を行うためでもある。これは一企業の支援で終わるべきものではなく、サーフィン業界全体で是正に取り組むべき課題である。
この賞によって、女子プロサーファーにとって大会は単なる名誉の場ではなく、賞金を得て「職業として成立する」場となる。お金を稼ぐこと自体が目的ではない。安定した生活基盤があれば、より質の高いトレーニングや身体のケア、遠征への投資が可能となり、世界を目指す挑戦もしやすくなる。
実際に女子プロ選手からは、 「生活の基盤ができる」「競技に集中できる」「身体のケアに資金を充てられる」 「大会会場に早く入って練習できる」「これでサーフィンで世界を目指す選手が増える」 「女子プロが大きく変わる」「胸を張って『職業はプロサーファー』と言える」 といった賛同や期待の声が多く寄せられている。
サーフィン界の未来のために

今回の取り組みは、さわかみグループという一企業の支援によって実現した。しかし、本来これは企業に頼るべき問題ではなく、日本のサーフィン業界全体が真剣に取り組むべき課題である。
ショートボードはすでにオリンピック種目となり、日本の女子選手の強化は推進すべきテーマの一つだ。賞金格差が是正され、サーフィンを「プロスポーツ」として目指す選手や子どもが増えれば、競技人口の裾野はさらに広がり、それはサーフィン業界全体の発展につながる。
賞金格差の是正は単なる平等の話にとどまらない。それは選手の人生を支え、サーフィンというスポーツの未来を築く重要な投資である。この取り組みを契機に、多くの企業や関係者が賛同し、日本のプロサーフィン界がさらに成長することを願う。
JPSA さわかみ S.LEAGUE 25-26 S.1開幕戦「さわかみ 北海道プロ」
日程:7/10-13(予備日14)
場所:北海道 勇払郡 厚真町 浜厚真海岸
ショートボード
男子
優勝:西慶司郎(¥1,200,000+「さわかみ特別賞」¥100,000)
2位:松原渚生(¥450,000+「さわかみ特別賞」¥100,000)
3位:金沢呂偉、増田来希 (¥230,000 +「さわかみ特別賞」¥100,000)
女子
優勝:川合美乃里(¥450,000 +さわかみ ブースト賞¥750,000)
2位:中塩佳那(¥220,000 +さわかみ ブースト賞¥230,000)
3位:松野杏莉、野中美波(¥120,000 +さわかみ ブースト賞¥110,000)
マスターズ
男子
優勝:河野正和(¥200,000)
2位:牛越峰統( ¥150,000)
3位:米川佳祐( ¥100,000)
4位:山田桂司(¥ 50,000)
ロングボード
男子
優勝:浜瀬海(¥600,000 +さわかみ ブースト賞¥600,000)
2位:中山祐樹(¥270,000 +さわかみ ブースト賞¥180,000)
3位:増山翔太、堀井哲( ¥120,000 +さわかみ ブースト賞¥110,000)
女子
優勝:田岡なつみ( ¥ 300,000 +さわかみ ブースト賞¥900,000)
2位:吉川広夏( ¥140,000 +さわかみ ブースト賞¥310,000)
3位:市川梨花、菅谷裕美(¥120,000 +さわかみ ブースト賞¥110,000)
ただ、今年度は「さわかみ ブースト賞」がある大会は「さわかみ S.ONEシリーズ」の3戦限定となる。
「さわかみ ブースト賞」対象大会
・ショートボード (3戦)
2025年7月10日~14日:さわかみ 北海道プロ
2025年8月20日~22日:さわかみ 静波サーフスタジアム PerfectSwell® PRO
2026年4月21日~25日:さわかみ S.LEAGUE GRAND FINALS 25-26 一宮
・ロングボード (3戦)
2025年7月10日~14日:さわかみ 北海道プロ
2025年7月24日~25日:さわかみ 鉾田プロ
2026年4月21日~25日:さわかみ S.LEAGUE GRAND FINALS 25-26 一宮