ミック・ファニングのアイリッシュ・クロスロード〜元世界チャンプのルーツをたどる旅

過去20年間、ミック・ファニングは世界を転戦し毎年のように同じ場所、同じ町、同じ波でサーフして世界中にホームと呼べる場所を作ってきた。そこで結ばれた友情は家族のように成長した。

 

だが、ミックには世界戦では訪れることのなかったある特別な場所があった。それは彼の家族のルーツであるアイルランドだ。彼の父はアイルランドの北にある小さな村で育った。

 

ツアーを休み、新たな方向性を模索するミックにとって、このアイルランドを訪れることは、いわば原点回帰。この記事を読めば彼がこれからの人生を決める大きな岐路に立っていることが理解できるだろう。ミック・ファニングのルーツを探る旅。それはアイリッシュ・クロスロードと呼ばれた。

 

翻訳:李リョウ

 

 

ミック・ファニングはアイルランドで過去と未来を見つめていた。

 

我々はアイルランドで借りた家の一階にいた。上の階から誰かの声が聞こえてくる。「チューブを走り抜け、フローレンス、すばらしいポジショニングだ!」…それはMCのジョー・ターペルがウェブキャストでCTイベントのラウンド4を解説している声だった…チューブライドを成功して次のラウンドへ勝ち上がりは確定的。

 

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サーファーで埋め尽くされた部屋に、ウェブキャストの声が鳴り響くのは珍しいことではない。この日は、MEOリップカール・ポルトガル戦の最終日前日でタイトルレースの行方が掛かっていた。注目のジョンジョンは世界タイトルをポルトガルで決めるチャンスを残していた。

 

それは彼がファイナルに進出し、ジョディがこの試合で優勝しなければという条件だった。それは確かに興味深いことだ。だが、そんなことより気になることは、ここ一緒にいるミックのこと。これまでの10年間でタイトルレースの主役の1人だったが彼に、再びタイトルレースに参加する情熱が湧き上がるのかどうか。

 

 

1年の休養を選んだ彼がここにいた。彼は20分ほど前に「少し仮眠をとる」と言っていたけれど。

 

 

でもウェブキャストの音では昼寝どころではないだろう。彼が生涯を掛けたレース、そのレースが恋しくてたまらないはず。ジャージー、パフォーマンス、プレッシャー。そしておそらく、ついに難問中のパズル「ミック・ファニングの未来」の答えをつかんだのかもしれない。

 

 

あの「 Comfortably Numb 」のサーチ・トリップを思い出せるだろうか? 凍てついた北の大地で氷河の波に乗った旅もあった。そしてベルズのあと、マーガレットリバーの試合をスキップし、彼は長期休暇をスタートさせた。

 

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「激動の2015年シーズンだった。試合にも勝って、鮫に襲われたり、離婚、タイトルレース中の兄の死、彼は精神的な限界に達したことを悟ったのだ」とは、ミックの記事に綴られた言葉。

 

 

ミックにとって1年の休養は自分自身を取り戻す時間でもあるようだ。ジャーシーからは遠ざかって、彼のサーフィンは今でもコンテストを求めているのか。それともリタイヤして新しい別の目標を見つけるか。

 

Comfortably Numb 」のあと、ミックがリタイヤしないという方に大金を掛けてもいいと思った。彼はすごく退屈そうだったからだ。コンテストが彼に精気を与えると言っても過言じゃない。

 

そこが唯一の居場所なんだし、その場所がないってことは最悪。何回、フリーサーフィンのトリップに行ったら、彼はそれに気がつくのか? ミックはコンペティターだ。もう彼のツアーで勝利は起こり得ないのか。再びワールドタイトルへ、もしかしたら?

 

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でも、ここアイルランドでその答えは微妙だ。これまでの7日間、950マイル、10回のサーフィン、43回飲み、8回のアイリッシュ的な合唱、腹を割った議論も少し。でも彼はやはりコンテストの人。だから、ミック・ファニングの次の一手は? 2017年の彼の旅先はどこを向いている? とにかく前進ーーーそれだけは言えるのかもしれない。

 

 

ミックが言った。

 

「みんなは、恐らく1年の休暇が、良い休養になったと思っているかもしれないけど、でも実際はそうでも無いんだ。2、3年前から溜まってきたものがあって、昨年はもう棺桶に顔を突っ込んでいたって感じかな。「休んで、やりたいことして、喜びのタンクを満たした方がいい」と感じた。

 

なぜなら、2015年を終わらせて、なんとかパイプから帰途に着いて、気がついたら自分を見失っていた。僕は完全に空っぽだったんだ。僕はときどき周囲の人を励ましたりしてきた。いつも自分自身の居場所に居るという気持ちでいたから。でも他人どころか自分自身をも励ませない自分になってしまっていたんだ。

 

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何かを変えなきゃあと思った。スポットライトから逃れて、そして自分の居場所の外へ出て、目指してはいなかった場所。みんなが期待していなかったと感じだから。「彼は大丈夫かな?」いつも周囲が何かを言うってわけではなくて、どう見られているかで判断できるよ。

 

それに毎日、周囲の期待を感じたというより、いつも気にしていたという方がふさわしいかな。だからダブリンの通り(アイルランド島東部の都市)を歩いて、僕のことを知らない人々とすれ違うと、リフレッシュされるんだ。

 

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アイルランドでの最初の朝。ミックは風が強く吹き、石の壁が両側に迫る道を75マイルで運転していた。朝5時。空はまだ暗く。波の豊富な北に向かってすでに3時間ほど走っていた。朝日の光を狙っていた。ミックは大型のバンを運転していた。

 

「どうだい昨夜はよく眠れたかい」と彼が聞いてきた。車内はカメラマンのコーリー・ウィルソン、フィルマーのニック・ポレット。我々クルーは広い道路に出た。かすかな朝日が東に現れた。

 

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「僕は不気味な夢を見たよ」と、ミックが言った。「僕は試合会場にいて、どこかわからないが都会の近くだったニューヨークみたいな」と言って彼はボトルの水を飲んだ。

 

「ヒートを落としたかどうかも分からないけど、とにかくここから出なければってことだけは考えていて、ボードを持って立ち去ろうとしたんだ。でもロッカーに戻ると、いろんなものが消えてしまうんだ。ボードやウェットスーツがあるのが当然だけど、でも海には持ってきたことのない、ドレススーツや荷物が置いてあるんだ。それでここから逃げ出そうと思うとカメラが追いかけてくるのさ。「もうあっちに行ってくれ」って、そんな気分だった」

 

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ギアロイド・マクディドはローカルサーファーでリップカールのチームに入った新人だ。彼とレフトハンドのリーフブレイクで待ち合わせた。数人がパドルアウトしていた。数人がそれを見ていた。波は最高にパンピングしていて4-6フィート、パーフェクトなチューブだった。我々はセットを二つ見てからパドルアウトを始めた。

 

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ミックは、しだいに増えてきたローカルたちと雑談を交わし30本ほどの波に乗った。彼が波に向かうと誰もパドルをしなかった。そして彼はバックサイドでシャローなリーフのバレル深くに入った。丘の上では見物人が増えて彼のサーフィンを見物した。ギアロイドが、「こんなに多くの見物人が集まったのは初めてだ」と言った。

 

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ミック:ベルズでゼッケンを脱いだとき、体の重みが消え失せたような感じがした。その時点では僕は少し目標を見失ったようだった。それまではやるべきことの明確な意思があって、それに向かって進んでいたからね。あれはあれで幸せだったんだと振り返って思うだろう。それ以外のことを探して追いかける必要もなかったんだから。忙しさに没頭する。何かに没頭することが僕の求めていることなんだ。

 

ツアーで生きて行くってイージーに見えるかもしれない。でもコンスタントに100%の状態に体の調子を維持することは、それは毎日、明日に向かって集中しなくてはならないってことなんだ。

 

「試合は今日、それとも明日」いずれにせよ調子を落とすわけにはいかない。もしヒートを落としても「オーケー。家に戻ろうか? 次のイベントに向けて何をすべきだろうか? コンデションをどう維持していこうか? 宿は予約すべきか? ボードはもう準備できてるだろうか? 気持ちの切り替えは?」

 

しかし、そこから離れた今はそんなことを考えずに自然でいられるんだ。そこから一つ学んだことがある。それは今ここにいる自分と向き合うこと。今日の自分と向き合って、明日と向き合うのはそれからだっていうことだよ。」

 

「ツアーを離れて何が寂しいかって? 選手たちだよ。彼らとは長く旅をして、試合も戦ったけど家族みたいなんだ。そのなかで、みんなで助け合って行くんだよ」ミック・ファニング

 

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再びパドルアウトする、その波は崖から見たよりも大きく荒れ気味だった。12フィートでグラッシー、緑色の水は深海から盛り上がって浅い海底に咆哮を上げながら崩れた。ミックは波に乗り続けた。6’8”のスピアーを持ち、飢えたハンターのようにボウルに挑んだ。

 

彼はいい波も悪い波もとらえた。バレルに入り、そして叩きつけられもした。ミックは4時間サーフし、最後の波を乗って海から上がったとき、陽は傾き崖には暗闇が迫っていた。

 

 

 

私たちはミックの祖母、バーバラが住む岬に向かった。

 

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私たちはミックのファミリーに会った。叔母や叔父そして従兄弟たち数十人はすぐ近所に住んでいた。そこは険しい山に囲まれた小さな入り江にある町だった。ミックの父親はそこの道の上で生まれて育った。私たちは彼の祖母、バーバラが住む岬に向かった。なぜ旅の最初にそこに向かわなかったのか聞いた。

 

「うーん、いつ来れるか分からなかったから」とミックは言って笑った。「…でも本当はね、バーバラが電話に出ても僕の言ってることが分からないかもと思ったんだよ」

 

我々は車を質素な家に続く私道に入れた。車から我々が出るよりも早くバーバラは玄関のドアを開けて手を振りミックに微笑んだ。「あなたがアイルランドいるような匂いがしたのよ」ミックは封筒を持って彼女に歩み寄った。

 

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バーバラの話し言葉で理解できた単語は、たった10ほど。80うん歳の女家長のアイリッシュ・アクセントはかなりすごかった。屋内での統率力とヘビーなつぶやきが彼女の全てだったと言っていい。私はあえて彼女の言うことに、聞き返すことはしなかった。したがって彼女の話を引用することはできない。

 

バーバラはミックに彼の家族についてたくさんの質問をした。この旅行についても、また最後に訪れたのはいつかなどなども質問した。あるとき、彼女の携帯電話が鳴るとそれは大音響のテクノサウンドだった。

 

ミックの従兄弟が「彼女が聞こえるように着信音をもっと大きくしなくちゃならないね」と言った。

 

バーバラがリビングのドアを蹴飛ばして入ってきた。彼女は色褪せたサーフボードを抱えていた。以前にミックが訪れたときに置いていったものだ。私たちは彼女がサーフィンをするのか質問した。彼女は黙ったまま指を振って否定し、我々を笑わせた。

 

しばらく会話を楽しんだ後に、沈黙が訪れた。ミックは「さてと、そろそろ旅に戻ろうか」と席を立ち、家族の誘いを丁重に断った。彼は後にこう語った。「こんなチャンスは毎日訪れることはない、だから感謝の気持ちはしっかりと伝えたほうがいいんだ」と。
このとき、彼の家族への感謝の気持ちは止まらなかった。彼はフェイスタイムを利用して友人と交流し、みんなと共に自撮りをしまくり、SNSを使って世界の人々に発信した。友人、顔見知り、見知らぬ人ーーー彼ら全員が尊敬や興味を抱いてミックにアクセスしてきた。

 

12才のサブレ・ノリスは彼女のインスタグラムで呟いた。「ときどき私が大人に質問をすると子供をあやすように扱われる。でもミックはそんな風には話さない。彼は私を大人として扱ってくれて、それにふさわしい対応もしてくれた。」

 

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ミックの才能の一つが他人へのリスペクトだ。それは彼のフロントサイド・カーヴィングのように効果があり、毎日何度もメイクしていく。ミックは人を遮断することも受け入れることもできる立場でも、できる限り受け入れようとする。

 

そんな人物は珍しい、とくに彼のように名声を得た人物ではなおさらだ。それは自然に人々を受け入れる資質でもあり、彼がツアーに戻るのでは? という予測にもつながる。なぜならば、彼にはCTで築いた大勢のファミリーがいて、いや彼には地球の74億もの人間すべてがファミリーなのかもしれない。

 

 

2017年についてはまだ未定だけれども、最低でもスナッパーとベルズは出場したい。リタイヤはしてもベルズは出たいよ。でも優勝することが目標ではない。

 

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ミック:ゴールポストは変化するんだ。言うまでもなく世界タイトルは凄いことだ。それは子供の頃から、ずっと熱望していたこと。「もっと勝ちたいの?」なんて聞かれることあるけど、僕の正直な気持ち「ほっといてくれよ」って感じだね。

 

でも勝利は驚きだ。その達成感は素晴らしい。だが、それは今の僕にとっては大きな願いではない。ただ一つだけ達成したかったことはJベイでの誤りを正したかった。事実、僕の頭の中に浮かび上がったのはファイナルのサイレンが鳴ったときだった。「これか?僕はいま歩いているよな?」そして、これが僕が達成したいと願っていた最後の成果だと自分に言い聞かせた。

 

そして現在、僕は様々な場所へ行って、様々な波でサーフしたいと思っている。そこで撮影をして満足なものに仕上げたいと思っているんだ。若い頃はそのような夢の優先順位は低くて、とにかくコンテストが全てだった。

 

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今はコーリー・ウィルソンのようなカメラマンやテイラー・スチールのようなフィルムメーカーと仕事をしている。彼らは全精力をつぎ込んで素晴らしい映像をクリエイトしているんだ。その分野が僕にとって興味の対象になっているんだよ。僕はベストを尽くしたくて、彼らもその気だ。それが今のゴールポストなんだよ。

 

2017年についてはまだ未定だけれども、最低でもスナッパーとベルズは出場したい。リタイヤはしてもベルズは出たいよ。でも優勝することが目標ではない。CJが引退した年みたいに素晴らしいといいね。彼はあのシーズン、世界中で祝福されたんだよ。

 

「ここに戻ってきて、イベントからはもう引退した人々に挨拶をしてじっくりと会話をする。イベントのスケジュールに追い回されるよりはその方が良いだろう」

 

だから分からないな、まだ決心がついてはいない。たぶん、家でくつろいで静かにしていれば正しい選択が思いつくかもしれない。でもツアーに戻っていない現在も僕は幸せを感じていることは事実だ。

 

 

ここで彼は人生の分かれ道に立っているが、車が用意されていて、どちらに向かったにせよ結果は良い方向に向かうだろう。いずれの選択にせよ彼が決めるのだが、問題は、彼が年の初めに明快な決断が下せないということだ。彼は悩み、心の再構築が必要となる。

 

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ただし目標に向かって全速力で走るのは、もうごめんだね。

 

ミック:僕はちょうどそれについて考えたところだ。心が満たされて、なんでもできるって気持ちでいることは確かさ。やはり自分が居心地良いと感じられるところに向かうってことが大切だと思う。それはいい方向に向かっているってことだけど。ただし目標に向かって全速力で走るのは、もうごめんだね。

 

 

ダブリンに戻った最後の日。ジョンジョンがその前日に世界タイトルを決めていた。我々はそれを見なかったが、世界チャンプになったばかりのジョンジョン・フローレンスからミックにメールが届いた。

 

「昨日彼にメールしたら、返信してきたんだ。」と、ミック。「メールありがとう。すごく嬉しいよ。幸せです。僕にインスピレーションを与えてくれたことに感謝しています。ミックを見て多くのことを学ぶことが出来ました。もっと学びたい。良い波に乗れることを祈ってます。楽しんで!」と、その内容を読み上げた。彼がこの事をどう感じているかは分からない。でも、もしジョンがタイトルを決めたとき、そこに彼がいたらどうだっただろう。

 

明日は解散だ。ミックはロンドンに向かいパーコ、アラン・リオウそしてベン・ホワードと数日過ごし、1人でアムステルダムに一週間ほど滞在する。

 

彼は本を出版するプロジェクトがある。そして、その町をぶらつき普通の人として過ごすだろう。その後、彼はノルウェーに向かい北極星の下でサーフィンをする予定だ。

 

 

今シーズンのツアー開始まで約2ヶ月。ミックはどのような決断を下すのだろうか。

 

英文によるフルストーリーはこちら。

http://asia.ripcurl.com/mick-fannings-irish-crossroads.html

取材協力:リップカール・ジャパン