日本の波情報のパイオニア、加藤道夫氏が波情報の今と未来を語る。

日本の波情報のパイオニア、加藤道夫氏が波情報の今と未来を語る。 


海に特化した気象予報会社「サーフレジェンド」代表の加藤道夫さん。18年働いた横浜市役所職員から起業して、波情報をはじめ、海洋気象情報全般に関わるようになった。今年20周年を迎えるサーフレジェンドをここまで育て上げた代表の加藤さんに波情報の現状、未来を聞いてみた。

 

 

加藤さんがサーフィンを始めたのは、いつ頃になりますか?

 

20才の時からですね。中学、高校時代はバレーボールに熱中し、その後にハマった草野球の仲間に誘われてサーフィンを始めました。いまから35年前の古い話です(笑)。第2次サーフィンブームのときで、いま会社のある辻堂のこの場所には、SURF&SUNSというオシャレなサーフショップがありました。店内はムスクの香りがただよい、カルチャーショックを感じた事を今でも覚えています。

 

 

波情報を始めた、きっかけを教えて下さい。

 

自分は仕事の前に朝一でサーフィンをやっていたんですね。前の晩に天気図を見て、「きょうは波あるぞ」と思って、早朝に横浜の自

宅を出発して湘南に行くんですが、フラットな時があるわけですよ。ある時、台風が発生して、有給休暇を取って海に向かったんです。でも、うねりはあってもオフショアが強くて全く割れない状態。待てど暮らせど波は上がらず、そういった有給休暇を無駄にしたことが何度もありました。

波乗りをこよなく愛する加藤さんは波があれば必ず七里ケ浜にいる。

 

“友達と3人で日本の波情報を始めたんです”

 

そのあとサーフィン誌で、アメリカでは有料の波情報サービスが始まっている事を知って、それが日本でもあったらさぞ便利だろうなと思っていました。そして、有料波情報を始めたんです。僕らが立ち上げた七里ガ浜サーフィンインフォメーションや、無料の波情報をやっていた人たちが始めた情報などが、今も続いている日本の波情報のパイオニアといった感じでしょうか。僕たちのスタートは七里ガ浜だけでしたけどね。

 

年に数回、海外サーフトリップに行っていた加藤さん@mentawai

 

しばらくして、波情報を一緒にやっていた友だちが本業の関係で波情報ができなくなり、また同時期に同い年の親友でもあった従兄弟がガンで亡くなったりして、人生の大きなターニングポイントに差しかかっていたんです。自分自身18年間働いていた市役所で、そろそろ管理職試験を受けるよう上司からプレッシャーをかけられていました。仕事を取るかサーフィンを取るかという瀬戸際でした。最終的に、妻子がいたにもかかわらず、自分はサーフィンを諦めきれなかった。だから、ひとりで起業してから3年間は年中無休で、毎日の睡眠時間が3~4時間でも頑張ることができました。いま同じことをしたら、きっと過労死です(笑)。

 

 

ダイヤルQ2とファックス波情報の時代だった七里ケ浜の海を臨むオフィスで

 

加藤さんは、横浜市役所に勤務していたときから、ライフセービングの団体の役員や指導員を続けていたんですよね。

 

横浜市の港湾局に勤務していた時に、八景島の前にある「海の公園」の担当として、人工海浜を利用した海水浴場の管理に携わり、ライフセービングと出会いました。日本のライフセービングは、夏の海水浴客のための監視活動です。一方、海外のハワイ、カルフォルニア、オーストラリアなどでは、マリンスポーツのすべてを見守り、ビーチ全体の安全安心をコントロールする公務員のライフガードが配置されているんです。ビーチのあこがれの職業です。日本のライフセービングの最大の問題は、そのライフガードになれないことです。日本では気候や文化の違いからか、公務員という立場でライフガードをビーチに配置することはとても難しいことです。だから私は、波情報を生業(なりわい)としつつライフガードを続けようと思ったんです。波情報を続けていれば、一日に3回は海と波を見ながらパトロールができるので、海を見守り続けることが出来るんです。

 

七里ケ浜のオフィス前で社用車のビッグホーンと記念撮影。

 

 

波情報としてのダイヤルQ2からiモードへの変革期はどうでしたか?

 

社員を1~2人と少しずつ増やしながら、波情報のエリアも拡大してファンを増やしていたころ、NTTドコモがiモードというサービスを始めたんです。ある冬に、知り合いを通して、IT企業がシステムを開発して波情報を始めたいので、我々と一緒に組もうという話が飛び込んで来たんです。自分たちはすでにPCを使ってファックスの波情報を始めていたので、情報をデジタル化することは容易でした。苦労はありましたが、割とすんなり移行することができましたね。でも、当時ダイヤルQ2で一回あたり100~150円ぐらいの情報料をいただいていたので、月に何回かけても315円という低料金を聞いて、正直それではやっていけないと思いましたが、最終的にはチャレンジすることを選びました。二つ目のターニングポイントですね。

 

スタッフは、年に1回はサーフトリップに行くための休暇があって、自分もそうでしたが、普段の休みと絡めて年2回くらいは海外へサーフトリップしていました。本当に波乗りをやりたいサーファーだけが会社に入ってきていましたね。仕事をしていると、毎日サーフィンするなんてできないじゃないですか。波は自分の定休に合わせてくれませんからね。

 

“当時17万人いた会員がゼロですよ”

 

そして、三つ目のターニングポイントです。パートナー会社の経営方針の違いにより、我々は、新たに生まれ変わった新生「波伝説」として立ち上げる形になりました。清水の舞台から飛び降りたんですが、それは物凄い深さがありましたね。当時17万人いた会員が相手に移ってゼロです。ゼロからの再出発と言えばカッコいいですが、当時はとにもかくにも必死でした。

 

 

湘南辻堂にある本社のエントランスに思い出の写真が多く飾られ、歴史を感じさせる

 

会社の存続に関わる大事件でしたね。

 

社員総出で日本全国に説明して回りました。でも、そのお陰で全国のユーザーさんたちと、それまで以上に強い絆で結ばれることが出来ました。本当に色々なことがありましたが、上手く乗り越えられた今だからこそ言える事です。ご支援いただいたユーザーさまをはじめ、多くの方への感謝の気持ちは生涯忘れることができません。

 

現在は自社で波高の計測システムとかを研究されているんですよね。

 

そのあと大手企業と組んだのですが、自分たちもある程度の技術や知識を持っていないと発言出来ないし、相手の問題点とかも見えなかったりするのでシステムエンジニアを求めていた時に、たまたま縁があってハワイアンのトレーシー・トムが入ってきたんです。非常に優秀な人間で、彼と同じような気象・海象モデルを研究している学者が日本で唯一京都大学の防災研究所にいて会いに行ったら、ぜひ一緒に研究しようという話になったんです。

 

いまでも京都大学とは産学連携して、海洋気象解析モデルである「Wave Hunter」の特許を出願しつつ、日本や海外の学会でもその共同研究の成果を発表しているんです。波情報の会社なんですが、アカデミックな世界最先端の海洋気象解析の研究もやっている会社でもあるんです。最近の研究では、京都大学に加えて、鳥取大学の先生とともに最先端の高潮の研究にも着手し始めました。また、いま話題の日本近海の「洋上風力発電の実用化実験」については、もう何年も前から、独自に解析した気象情報を提供してプロジェクトに参加しています。

 

 

気象庁予報業務許可を取得して行っている波情報はサーフレジェンドさんだけんなですか?

 

2001年に気象庁予報業務許可を取得しましたが、許可を取っている波情報会社はうちだけです。本来は許可を取っていないと、独自の概況や波情報での波や風などの予報は出せないんです。

 

“伝説の波を事前に予測したい”

 

波伝説の名前はどこから来たんですか?

 

サーフレジェンド=波伝説なんですよ。ファックスで波情報を始める時に、どんな名前にしようか悩んで、「FAX SURFREPORTS波伝説」という名前をつけたのがきっかけです。サーフレジェンドの名前には、伝説のサーファーだったり、伝説の波だったり、日本全国にいるサーフィン界のレジェンド(サーフレジェンド)に、信頼して使ってもらえるような波情報になりたいという志が込められています。そして、伝説の波を事前に予測したい、そんな願いも込めてサーフレジェンドという名前にしました。

 

伝説の波を事前に予測したいと熱く語る加藤さんはサーフィンにも熱い

 

 

“情報提供するエリアを拡大してアジアのマーケットを視野に入れて行きます”

 

その波伝説とは別に2008年に「海快晴」というのを始められたんですよね。

 

漁師さんから問い合わせが来たんです。もともとウインドやヨットの人たちが使っているのは分かっていたんですが、自分たちがターゲットと考えていない漁師さんが利用されている事を知り驚きました。千葉外房の漁師さんでしたが、のぞきメガネで水中を見てアワビやサザエなどを獲っているときに、高くなってきた波で船が転覆することがあるらしいんです。だから、3日先まで1時間ごとの高精細な波や風の予想データがある波伝説は、便利で信頼できるからと使われていたんです。元データを上手く抽出して、サーフポイントではない、釣りのポイント、マリーナ、漁港、灯台などのポイントの数値予想データを出すことで、きっと喜んでくれる人がいるはずだと思ったんです。

 

“海に携わる多くの人が、安全安心に楽しめるお手伝いが出来ればと思っています。”

 

現段階では漁師さんや船のキャプテンであったり、利用者の3割がプロユースです。伊勢のルアー専門船の船長さんからは、『漁師仲間の天気の話が、海快晴によって1時間単位になってきたよ』と言われました。漁師さんや船長さんが仕事で使って下さることは、信頼性が高い証であり、とても励みになります。来年からは、情報提供するエリアを南西諸島から南に向けて拡大して、アジアのマーケットを視野にやっていこうと考えています。歴史的にいろいろとあるアジアの国境を越えて、海に携わる多くの人が、安全安心に海を楽しみ、仕事ができるためのお手伝いが出来ればと思っています。

 

辻堂の本社で加藤さんを囲んでスタッフたちと。

 

サーフレジェンドが目指す方向とは?

 

一般のユーザーに分かり易く、安心安全で、かゆいところに手が届くものを提供して行きたいですね。波情報はリアルタイムの情報なんですけど、例えば朝5時の波情報を聞いても東京の人は海に行くまで2時間かかる。外れてもいいから2時間後にどうなるかというのを伝えて欲しい。毎日海を見ている人間が見ていて予想してくれるから実際に使える。そこがユーザー目線。単にサービス業として、ユーザーが納得して使ってもらえるものを提供して行きたいですね。

 

 

現在、波予想はどのようにやられているんですか?

 

気象庁から送られてくる膨大な気象データに、アメリカの海洋大気局(NOAA)のデータを加えたものを、京都大学防災研究所と共同研究開発した、特許出願中のモデルを含めた独自の気象解析モデルにかけて計算しています。そうして得られた独自データを、気象予報士が中心となって、概況、波情報などの予想に役立てています。計算の心臓部となるサーバーセンターは、アメリカのアリゾナにあります。理由は、地震や津波がないということではなく、現地のサーバーを管理する会社の社長さんにトレーシーの研究が気に入られて、格安で使わせて頂いているからです。また、湘南本社と千葉、伊豆、福岡の各支社とは、テレビ会議システムを活用したブリーフィングを、毎日早朝・昼前・夕方の3回行っています。独自の海洋気象解析モデルである「Wave Hunter」による数値データと、実際に海をチェックしてきた気象予報士を含むサーフリポーターの意見を加味して、日々予報の精度向上に努めています。

 

 

データもそろって、経験値もそろって、それぞれのエリアに詳しい人もそろっています。波伝説の予想は当たると言われるのは、そういった理由からだと思います。でも、私も含めて予想を大きく外すことがあります。その外した悔しさを重ね、真摯に向き合ってきたからこそ、今の体制ができてきたのです。いまでは、東洋一の規模を誇る横浜ベイサイドマリーナをはじめ、広島観音マリーナや、NTPりんくうマリーナなど、大きなマリーナにも海洋気象情報を提供するようになりました。今後は、海難事故が決して少なくない日本の漁業組合などにも、我々の高精細な海洋気象情報を提供して、漁師さんたちが少しでも安全安心に就業できる環境づくりに貢献していきたいと考えています。

 

JPSAの冠スポンサーや日本で行われたASP-WCTオフィシャル気象情報なども提供。

 

 

ここ数年、情報が過剰になっていると思います

 

 

波情報が今後求めらていくものとはなんだと思いますか?

 

自分がこんな事を言ってはいけないと思いますが、最近情報が過剰になっていると思うんです。ライブカメラまでありますからね。でも海ってあっという間に急変するじゃないですか。だから、ただ情報を提供するだけではなくて、自分でも判断が出来るようにユーザーさん自身の知識や気象に対する意識を上げていきたいんです。もっとワークショップをやりたいですね。いま海快晴では、マリーナなどに我々が出向いて、海に関する防災や気象の講演会や講習会をやっているんです。我々はサーファーだったり、ヨットウーマンだったり、いつも海を楽しむユーザーさまと同じ仲間だからこそ話せることがあるので、これからもっと強化していきたいですね。津波、高潮、地震、竜巻を含めて、海の危険な部分などについても伝えていきたいです。

 

 

波情報という枠をこえて、海洋情報を目指すわけですね。

 

日本と海外と違うのは、日本はサーフィンだけの人が多いじゃないですか。ハワイアンは、アウトリガー、SUP、カイトサーフィン、フィッシング、波のない時には潜ったりと、海を大いに楽しむために、その日のコンディションに合わせて色々なアクティビティをするウォーターマンが多いんです。日本でも少しずつ、そのような人が増えてきましたね。基本的に波情報というのはサーフィンする人のためのものなんですが、海全般を理解できる人が、家族のなかにおいても、地域においても、信頼される人になれるんじゃないかと思うんです。サーファーというより、海に精通した人。レスキューの知識や技術も身につけて欲しいですし、レスキューにならないよう事故防止を図るスキルについても磨いてほしいですね。

 

加藤さんは、海を見守り続け、気象情報など、安心で安全な様々な情報を提供してきた。そして、海を常に見続ける事によって、海の変化や環境問題など地球の変化に目をやり、サーファーやマリンレジャーに関わる人々をハッピーにしていきたいと願う。波乗りを続けるために脱サラし、自らの居場所を鎌倉の海に置いた加藤さん。今日も波乗りを続けたいという熱い思いは変わらない。

 

取材協力:株式会社サーフレジェンド http://www.surflegend.co.jp/